大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

細部を見つめるとき、全体とつながる。

時に小雪。
七十二候では、「朔風払葉、きたかぜこのはをはらう」。

「朔風」と書いて、「きたかぜ」。
冬らしい冷たい北風が強まり、木々の葉を払ってしまうころ。

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ほんの半年ほど前には、薄いピンクの花弁が空を彩っていた桜並木も、その枝をあらわにして。

青々と茂った新緑の季節、蝉の声とともに盛夏を迎え、やがてその葉たちは黄色に、橙色に、静かに色づいていく。

そして、北風に散らされていく。

その葉が道々を埋めていくさまは、秋の終わりを感じさせる。

冬が、訪れる。

それは、身を切るような風の冷たさを思い起こすが、それとともに温かさを想起させるのは、なぜだろう。

鍋の煮える音。
二度寝の布団の温さ。
小さな陽だまりの心地よさ。
おなかに入れたホッカイロの温度。

人は、ある極にいると、反対の極をも感じられるものだ。

痛みも、寂しさも、悲しみも。
同じようなものかもしれない。

どうにかしようとは思わず、ただ、そのままに。
北風に葉を払われた木々の枝を、見つめるように。

ほんの小さな小さな細部を見つめるとき、人は全体とつながる。

大いなる、全体と。