「お山に雲がかかってるから、明日は雨かもね」
遠く西の彼方に見える山脈を見ながら、よく祖母はそんなことを言っていた。
天気は西から変わっていくということを、当時の私は認識がなかったように思う。
ただその山、伊吹山が天気を司る何か大きな力を持っているような、そんなふうに考えていた。
綺麗にお山が見える日は、風が強く吹いた。
伊吹おろしと呼んでいた、そのからっ風は冷たく、凍える両手とともに思い出される。
お山を背にしながら、小学校への通学路を歩く、小さな私。
その、凍える両手。
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冬の寒さは、苦手だった。
苦手だったけれど、手袋もまた好きではなかった。
つけていてもあまり暖かくなかったのか、
それとも、手袋をつけている感覚が苦手だったのか、
よく分からない。
それでも、なぜか霜焼けには、あまりならなかった気がする。
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集団登校の集合場所は、ある繊維会社の社員寮の前の広場だった。
すぐ隣に工場のある、古い建物だった。
寒い冬の朝、土には霜が降りていて、踏むとさくさくと心地よい音がした。
水たまりは凍りつき、それを割って氷の塊を投げて遊んだりしていた。
コンクリートの壁に当たると、その薄い氷は、ぱりんと割れ、きらきらとした光のかけらになって散った。
何度かそんなことをしていると、手袋をしていない私の手は真っ赤になった。
時間になって出発すると、風に吹かれたその手はじんじんと痛み、ひどく後悔した。
早く学校に着いて、教室のストーブで温めたいと願ったが、残念ながら私の集団は学区のはずれの方だったので、道のりは長かった。
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お山に、雲はかかっているだろうか。
もういまは、その山は見えないのだが、西の方を眺める。
冷たいからっ風が、まだ吹いているような気がする。
その冷たい風の行き先を想い、東の方を眺める。
東の空。今日は雲が多く。