大嵜 直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー見習い。

何も起こっていない。

その中に大きなエネルギーを秘め、新芽はふくらむ。

春の陽気に誘われて、花は歌い、虫たちは顔を出す。

 

同じように、人も気温が上がると、縮こまっていた身体も少しずつ伸びてくるようだ。

されど、空は霞がかかったようになり、眠気を誘う。

 

春の、訪れ。

 

死の季節から、再誕生のよころび。

それは同時に、慣れ親しんだその季節への、惜別の寂しさをともなう。

 

出会いと、別れ。

卒業と、入学。

死と、再誕生。

来し方と、行く末。

慣れた習慣と、新生活。

春は、その相反するものが共存する、不安定で不思議な時間のようだ。

 

そんな春もまた、いつかは過ぎゆく。

 

春分を過ぎ、天地万物が清らかになる清明が訪れ、そして穀物を育む雨が降る穀雨を経て。

気づけばいつしか、夏、立てる日も過ぎゆく。

 

喜ばしい春の訪れも、いつかは過ぎゆく。

 

満開の桜も、真夏の陽光も、厳しい地吹雪も。

過ぎ去ってしまえば、何も起こっていないように見える。

 

何も、起こっていない。

 

 

ものごとには始まりがあり、同時に終わりがあるように。

 

体験には、終わりがある。

 

胸を切り裂くような痛みも。

愛を交換する喜びも。

心待ちにしていたコンサートも。

喉を焼く慟哭も。

 

どんな体験にも、終わりがある。

 

時に、あまりに痛い感情は、こころの奥底に凍らせて沈めておくしかないこともある。

けれど、感じ損ねた感情は、必ず感じられる。

 

春が、過ぎゆくように。

体験には、終わりがある。

 

起伏があり、喜怒哀楽があり、ドラマがあるように見えて、その実、何も起こっていない。

 

では、あとには何もないのか、と言われれば、そうでもなく。

 

春が流れ、過ぎ去っていく。

そこに、何かが残るとしたら。

 

その春を愛でる、わたし、という自己のようにも思う。

 

f:id:kappou_oosaki:20210306102542j:plain

 

________________________

〇お問い合わせ先

執筆についてのご依頼・お問い合わせはこちらから。

Instagramnaoto_oosaki/Facebok:naoto.oosaki.5

Twitter@naoto_oosaki/LetterPot:users/13409 

________________________

〇大嵜直人の作品一覧はこちら

【大嵜直人の執筆記録】

________________________