今日は二十四節気のうちの「夏至」。
夏にいたる日、一年のなかでいちばん昼間の時間が長く、夜が短くなる時期です。
梅雨時期でもあり、私の住む東海地方も先週から梅雨入りして、雨が降ったりする日が続いています。
それでいて、気温が高かったりするので、体調を崩しやすい時期です。
無理せず、ゆっくり進む時期なのかもしれません。
酢の物や南蛮漬けといった、酸味のある味覚が、ことさらに美味しく感じられる時期でもありますよね。
七十二候では、「乃東枯(なつかれくさかるる)」。
冬に芽を出したウツボグサが、枯れていく時期です。
ウツボグサは、皆が枯れゆく冬に芽を出し、夏に枯れる不思議な花。
そんな花に想いを寄せる、私の好きな時候でもあります。
単に、気温が高くて暑い夏が好き、というのもありますが笑
道行く花も、ずいぶんと雰囲気が変わってきました。
夏らしい、青系統の色調が目立つようになり。
真冬の茶褐色から、早春の白。
春の訪れとともに咲き始める暖色、陽春の淡い桜色、そして新緑と霞の晴れた空色。
そして、夏は紺碧。
季節は、いつも気づかぬうちにめぐっていきます。
夏至を過ぎると、徐々に徐々に、日の入りが早くなっていきます。
これから梅雨が明け、ぐんぐんと気温が上がっていくのに。
これから、夏も本番なのに。
沸点を迎えた季節は、しずかにその熱を、エネルギーを、冷ましていくようです。
目に映るものとは、ちがう形で、季節は進んでいきます。
流れゆく旋律と、それを支える通奏低音が、ちがう進行をするように。
はっと気づいたときには、もう夏の終わりと、色濃くなった秋の気配に、おどろくばかりです。
陰が極まる冬至は、これから新しい生命の芽吹き、力強さを増していく太陽と、あたらしい始まりを感じさせます。
しかし、夏至は。
どうにも、寂しさと、せつなさとともにあるのです。
気温は、これからぐんぐんと上がっていき、日差しも強さを増すのに。
その裏でどこか、もうすでに「終わり」が内包されているようで。
だからといって、どうするわけでもなく。
ただただ、日々の移ろいを、見つめるだけなのですが。
気づいたときには、失われている。
それは、どこか私のなかの、幸せであったり、喜びであったり、そうしたものの感触が、そうなのかもしれません。
だからこそ、夏至、あるいは夏に、こんなにも感傷的になるのかもしれません。
あんなにも、楽しかったのに。
あんなにも、かけがえのない時間だったのに。
あんなにも、つながっていたのに。
過ぎ去ったときを想うと、いつもそんな想いがよぎります。
だからといって、いまがどうこう、というわけではないのですが。
ただ、いまも笑っていたらいいな、と。
そんなふうに思うのです。
今日は、夏至。
夏、至る日。
これからどんどん上がりゆく気温と、日差しの強さの裏で、どこか内包された、終わりの合図。
私にとっては、過ぎたるときを想う日でもあります。
そして、過ぎ去っていった人の笑顔を、想う日でもあるようです。
あなたにとって、夏至の今日は、どんな日でしたでしょうか。
願わくば、あなたのたいせつな人が、笑っていますよう。
そんな今日で、ありますよう。