大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー見習い。

もうひとつの、尾張国の一之宮。 ~愛知県一宮市「大神神社」訪問記

今日はふと、違う神社を訪れてみようと思った。

 

一宮市に所用があると、よく真清田神社に寄るのだが、今日は違う場所を訪れてみよう、と。

一度はじめると、行動パターンが固定化する傾向のある私にとっては、めずらしいことだ。

 

こういうときは、素直に従ってみるに限る。

一宮市の神社で検索すると、この「大神神社」が出てきたので、足を向ける。

 

大神神社といえば、奈良県の大神神社が有名だが、やはり関連があるのだろうか。

 

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一之宮東インターから降りて20分ほど車を走らせ、大神神社に着いた。

住宅街の細い路地に面していて、静かな時間が流れていた。

 

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一例をして鳥居をくぐると、気持ちのいい空気が流れる。

新緑も近く、木々をそよぐ風が心地よい。

 

けれど、それだけではないように感じる。

どこか、積み重ねられた時間と歴史、そして、祈り。

 

ミルフィーユのように、幾層にも重ねられたそれが、神社の参道の心地よさなのだろうか。

 

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拝殿にて、参拝する。

その拝殿には、この大神神社の御由緒が掲示されていた。

 

歳を重ねるごとに、こうした縁起、由緒といった歴史を知ることが楽しく感じる。

 

祭神 大物主神

崇神天皇の御代、疫病が流行したときに天皇が祀った神々の一柱。

大和の國一の宮大神神社の祭神で、三輪の神とよばれ、大國主神(大國様)の別名がある。

大和の大神神社と同じく、大和系の人々が三輪の神を祀ったことにはじまるといわれる。鎮座地の花池は水が美しく、蓮田が多く、毎年熱田神宮に奉納する蓮が咲く沼であった。

奈良時代に國司が赴任して、國中の神社を代表として國府宮の「尾張大國霊神社」を尾張の總社に指定、次いで花池の「大神神社」と「真清田神社」をまとめての「相殿・対の宮」と言うことで「尾張の一の宮」に指定した。「文徳実録」「尾張國帳」には従一位御証印があったと称せられ、延長五年延喜式神明帳には式内社とあり、勅祭神社であったことが判る。

尾張の國中には、大名神八座・小一二二座あって、当時の大名神八座の内の一座である。

 

境内掲示「尾張國一之宮 大神神社の由来」」より

 

一宮市の名前の由来である、「一之宮」。

この「尾張国」の一之宮は、真清田神社と、この大神神社もまた「相殿・対の宮」として一之宮とされていたことは、初めて知った。

 

生まれた国の風土・歴史を知ることは、面白いものだ。

 

そしてやはり、奈良県の大神神社と同じ神様を祀っているそうだ。

 

奈良県の大神神社といえば、本殿を設けずに、三つ鳥居を通して御神体である三輪山を拝むことで知られる。

まだ訪れたことがないので、いつか奈良県の方も訪れようと思う。

 

祀られた、大物主神=大國主神。

国津神の主宰神であり、高天原からやってきた天津神に、国土である葦原中原を譲ったとされる神々である。

 

大國主を祀った、

 

東京都府中市の大國魂神社。

滋賀県大津市の日吉大社。

和歌山県那智勝浦町の飛瀧神社。

 

あるいは、同じ国津神である須佐之男命(スサノオノミコト)を祀った、

 

愛知県津島市の津島神社。

和歌山県田辺市の熊野本宮…

 

以前に訪れた、そんな神社の空気を想う。

どこか似ているような気もするし、後付けのような気もする。

 

そんなことを考えながら、境内を歩いた。

 

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よく晴れた空が、広がっていた。

 

またひとつ、自分が生まれた国のことを知ることができて、よかったと思う。

 

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動物の足のような形の小さな花に見送られ、境内を後にした。