大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

本厄、黒星、そしてはじめての祓詞。 ~愛知県一宮市「尾張猿田彦神社」参拝記

愛知県一宮市は尾張猿田彦神社を訪れた。

 

一宮市には何かと縁があるようで、仕事も然りだが、古い知人のいる和菓子店があったりする。

真清田神社、大神神社と訪れてきたが、今回は尾張猿田彦神社。

 

その名の通り、猿田彦の大神を祀る神社だそうだ。

 

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少し迷いながら、駐車場に車を停める。

今年は丑年。

猿田彦の神さまと丑の、可愛いイラストがお出迎え。

 

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駐車場から本殿に至る道に、厄年などのご案内が。

こう見えてわたし、今年は「大厄」なのです。うふふ。

さらには「黒星」とやらもくっついているそうで、フルハウスのような趣き。

 

心理学もそうなのだが、占いも統計学の一種であると聞いたことがある。

健康、仕事、人間関係…男性の41歳とは、統計学的にいろんな悪いことが起きやすい年なのだろうか。

 

けれど、人生における悪いこととは、すぐにはわからないものだ。

人生最悪の出来事が、あとから振り返るとターニングポイントになっていたりするなんてことは、ほんとうによく聞く話だ。

見方を変えれば、本厄とは、人生を変えるような出来事が起きやすい年だとも見えるのかもしれない。

 

音や海に波があり、月に満ち欠けがあり、季節がめぐりゆくように。

山もあれば、くぼみもあるのが、生きることなのだろう。

 

怖れず、驕らず、恥じず。

地に足をつけて、みなさまのおかげおかげ、と歩いていきたいものだ。

 

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曇りまたは雨の予報だったが、気持ちよく晴れた。

駐車場から歩く小径を歩くと、小鳥のさえずりが聞こえてきた。

その小径の雰囲気が、どこか故郷を思い出させてくれた。

 

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正門より本殿を望む。

猿田彦大神とは、「みちびき・みちひらきの大神」だそうだ。

 

「猿田彦大神」は古事記や日本書紀の中で、「天照大神」の命を受けて「天津彦火瓊瓊尊(あまつひこほのににぎのみこと)」が、天ツ国より天下る「天孫降臨」の際に幾多に道が分かれる天八衢(あめのやちまた)で立ち向かえ、中ツ国(日本の古名)の日向国の高千穂に先導し案内された導きの大神様です。

 

尾張猿田彦神社 ホームページより

https://www.sarutahiko-jinjya.net/

 

みちびきのかみさま。

これからわたしの歩く道を、導いてくださるのだろうか。

 

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拝殿の中に上がったところにお賽銭箱があり、躊躇していると、神職の方が「どうぞどうぞ」とやさしく声をかけてくださった。

後から来た地元の方と思わしき方が本殿の中に入っていったので、わたしも後ろをついて行った。

 

目を閉じ、しずかに手をあわせていると、朝のお参りが始まりますので、どうぞ前へ、と。

いやいや…と謙遜しようとしたが、その温かな雰囲気に誘われて、拝殿の前に座らせて頂いた。

 

「どうぞ」と巫女様から手渡されたのが、祓詞が載っている参拝者用の冊子。

どうやら、いっしょに祓詞を読ませていただけるらしい。

 

ほどなくして鳴る、太鼓の音。

おなかに響く、大きな音。

 

神主様が、大麻を何度か振って神前に座られる。

 

掛けまくも畏き伊邪那岐大神

筑紫の日向の橘小戸の阿波岐原に

 

参拝者の皆さまと、声を合わせて祓詞を読んでいく。

恥ずかしながら、祓詞をこうして全部読むのは初めてだ。

 

幼いころ、祖父が仏壇の前でお経を読んでいたのを思い出す。

小さな私は、それを真似して祖父に褒められたものだった。

 

祓詞が終わり、大祓詞も読んでいく。

 

日常とは違った時間が流れる感覚だった。

 

神主様が、何度か頭を下げるのにあわせて、わたしも頭を下げる。

おかげ、おかげ。厄も、幸も。

 

巫女様に御礼を申し上げ、わたしは駐車場へと向かって歩いていった。

まだ、気持ちいい青空が広がっていた。

どこか、身体が軽くなったような気がした。

 

ありがとうございました、猿田彦の大神さま。