大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

澄んだ空気、冬近し。 ~愛知県一宮市「真清田神社」訪問記

一宮市は、真清田神社に参拝した。

訪れるたびに、季節の移ろいを感じさせてくれる。

なにより、この一宮の土地にどっしりと腰を据えた、落ち着いた空気が好きだ。

やはり、自分の「生国の一之宮」だからなのだろうか。

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朝の澄んだ空気の境内に、冬が近づいてきたことを実感する。

それにしても、どうして鳥居をくぐると、背筋が伸びるのだろう。

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楼門は、晩秋の朝日を浴びて、今日も雄大にそびえ。

楼上に掲げられた扁額は、聖武天皇のご宸筆と伝えられる旧額を模したと聞く。

歴史の縦軸と、地の横軸が交わるから、神社は面白い。

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拝殿を望む。

晩秋の朝だが、こうして写真を見ると、冬の夕暮れのようにも見える。

はじまりとおわりは、同じように。

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奉納された菊の花が飾られていた。

見事な、黄菊。

なぜ、このような見事な形になったのだろう。

しばし、その形の美しさをぼんやりと眺める。

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なぜ、そうなったのか。

美しき世界を見るとき、あるいは何か痛ましい過去を振り返るとき、そんな問いが思い浮かぶ。

どんな答えが浮かんだとしても。

きっと、世界はそうでなくてはならなかったのだろう。

いま、目の前に映る世界が、すべてだ。

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境内の八龍神社、厳島社を囲む神池のまわりの灯篭に、灯りが。

ひんやりとした空気と、ぼんやりとした明かりと、晩秋のやわらかな日差しと。

その対比が、心地よく。

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八龍神社の社にも、黄色の落ち葉が。

秋、深し。

息を、深く吸って吐きたくなる。

そんな時間が流れていた。