知人が、バンテリンドームナゴヤへ中日ー阪神戦を観に行くという。
折しも今日は、不動のエース・大野雄大投手の登板日。
うらやましいことこの上ないと思いながら、帰宅してテレビをつけた。
2回に虎の大型新人・佐藤輝明選手にソロホームランを被弾したようで、0対1で負けていた。
表情を変えず、淡々と。
大野雄大投手は左腕を振るっていた。
それにしても、今年のドラゴンズはどうしたことか。
昨年は8年ぶりのAクラスとなる3位に浮上し、暗黒時代にピリオドを打ったかに見えた。
それが、どうだ。
開幕すると、懸念点だった得点力の弱さが露呈し、勝ち切れない試合が続く。
1か月を過ぎて、借金6の5位という、不甲斐ないポジションに沈んでいる。
一週間前、4月20日、対DeNA戦。
エース・大野雄大投手が登板、8回3安打7奪三振、四死球0、無失点。
これ以上望みようがないピッチングをしながら、打線もまたDeNAの大貫晋一投手の前に1点も取れず、スコアレスドロー。
「エースがこれだけ頑張っているんだから、1点だけでも取ってくれ…」
竜党の誰もが、そう感じたはずだ。
沢村賞を獲得する無双の投球を続けた昨年、FAを獲得。
去就が注目されたが、早々に残留を表明。
「チーム編成もあるだろうから」と語る左腕に、竜党は涙した。
その昨年の大車輪の活躍の反動か、今年のキャンプでは調整が遅れたようで、栄誉ある開幕投手の座を福谷浩司投手に譲った。
そりゃあ去年、コロナで開幕も遅れた過密日程の中で、あんなに投げたんだから、あせらず、ゆっくり調整してもらえれば…
そんなファンの想いをよそに、開幕2カード目の巨人戦に登板。
徐々に調子を上げてきて、前述の4月20日である。
「味方が点を取るまでは我慢やと。点やったら負けやと思いながら投げていました。チームも僕もファンも我慢ですね、今は」
試合後の大野投手のコメントは、打てないことを責めることもなく、ただ「我慢」を強調し、前を向いていた。
カードの頭を任され、他チームの主力と当たるのがエースの常とはいえ、もう少し援護があっても…
いや、打線よ、もう少し頑張ってくれ…
車内のラジオから流れる大野投手の奮闘を聞きながら、そんなことを思った一週間前だった。
今日も、また…嫌な予感がよぎる。
しかし、大野投手は一球、また一球と、その左腕を淡々と振るう。
うなりを上げるストレート。
小気味よく落ちるフォークボール。
そして伝家の宝刀、変幻自在のツーシーム。
時に主軸を打ち取り、表情を変えずに天井を見上げる。
時に三振を奪い、拍手をするようにグラブを叩く。
リーグトップの破壊力を誇る阪神打線に、3回以降は2塁すら踏ませない。
味方の援護を待ち、一球、一球、一つずつアウトを積み重ねていく。
その姿には、悲壮感はない。
ただ、一球、また一球と、その刹那に全力を尽くす。
まだ今シーズンの勝ち星はなく、肝心のチームは3連敗中。
喉から手が出るほど、勝利が欲しいだろう。
だが、一球、また一球と投げる大野投手からは、そうした結果への執着から遠い地点にいるように見えた。
それは、諦めとも違う。
投げやりとも違う。
ただ、自らの責務を、一心に全うする。
まさに、エースの矜持。
なんと、カッコいい男か。
果たして打線は、6回と7回に1点ずつを奪い、逆転に成功する。
迎えた8回、100球を超えて投げ続ける大野投手。
ここが剣が峰、胸突き八丁、勝負どころ。
2死を奪い、厄介な虎の切り込み隊長・近本光司選手を内野ゴロに打ち取った…かに見えたが、内野手がエラーをしてしまい、出塁を許す。
こういう時は、危険だ。
気持ちを一度切ってしまったら、戻らない。
しかし。
大野投手は淡々と、穏やかな表情で「落ち着いていこう」とジェスチャーを取った。
味方のミスで、安堵の道が剣が峰に化けたというのに、なんという精神力か。
試合の一番しんどいところであることは疑いようもないのだが、その姿は、どこか自信に満ちていた。
かといって、「お前ら、俺様についてこい」といった昭和のエース像でもなく。
一緒に行こうぜ。
そう、語っているように見えた。
果たして、次の打者を迎えた場面。
韋駄天・近本選手が盗塁を試みたが、これを木下拓哉捕手が見事に刺した。
味方のミスを、味方がカバーする。
長いリプレイ判定を終え、ベンチに戻る大野投手に、笑顔があった。
9回をライデル・マルティネス投手が抑えて、大野投手に待望の今シーズン初勝利がついた。
お立ち台には、木下捕手と大野投手が並んだ。
こんな日があるから、応援するのをやめられないんだ。
大野雄大投手、エースの矜持。
今シーズン初勝利、おめでとうございます。