大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

くせ毛へのコンプレックスと、愛について。

私には、梅雨入りしてじめじめした湿気の気候の日が続くと、少々困ることがある。

私のくせっ毛だ。

 

湿気を吸った髪はまとまらず、癖も強くなるようで、くるくると外へ跳ねる。

毎朝、何とかしようと鏡と向かい合うのだが、これがなかなかうまくいかない。

 

そろそろ短くする頃合いかと思いながら、今日もまた跳ね跳ねくるくるした髪でいる。

 

 

小さいころ、このくせっ毛がほんとうにコンプレックスだった。

天然パーマを略して、「天パ少年」などとよく言われたものだ。

 

何度、みんなのようにストレートな髪質に生まれたかったと思ったことか。

そして、理髪店ジプシーになりながら、「くせの目立たないように」とお願いして回ったものだった。

思春期の真っただ中、中学生のころが、そのコンプレックスのピークだっただろうか。

自分の髪のうねりが、嫌で嫌で仕方なかった。

鏡と向き合うのが、ほんとうに苦痛だったものだ。

 

ストレートパーマなるものがあると聞いて、あこがれた。

高校を出るころには、くせ毛へのコンプレックスも収まってはいたが、下宿したらかけてみようかと思った。

 

下宿していたアパートの近くにあった美容室に入り、くせ毛のことを相談してみたことがあった。

対応してくださった男性の美容師の方は、肩口くらいまで髪を伸ばしていた。

少し明るい茶色に染められたその髪は、くるくるとウェーブがかかっていた。

 

「僕も、これ地毛なんだ。天パよ、天パ」

そう言って、その美容師さんは笑っていた。

 

「俺もね、ずっと嫌だったの、この髪質。でも、もう気にならなくなったかな」

「くせっ毛の場合はね、めちゃくちゃ短くするか、俺みたいに伸ばすか、極端にすると、気にならなくなるんだよね。あ、ただ長いのは乾かしたりするの面倒だからなぁ」

「ストレートパーマもいいけど、お金かかるからなぁ。せっかく天然でパーマがかかってるんだから、それでいいんじゃない?俺なんて、パーマ代タダよ、タダ」

 

などと、暇そうな学生の相手をしてくださった。

長くするのは何かと面倒そうだし、かといって極端に短いのは抵抗があった。

ストレートパーマにはあこがれたが、髪が伸びてきたらまた当てなくてはならないと聞いて、やる気が失せた。

パーマ代を毎月払うより、酒代、雀荘代、パチンコ代の方が重要な気がしたのだ。

 

そんな消去法だったが、いままでと変わらない長さで切ってもらったような気がする。

ただ、同じような悩みを持つ人がいて、その人に話を聞いてもらえたことは、ありがたいことだった。

 

そんなこんなで、ストレートパーマは生まれてこの方、かけたことがない。

時に色を変えてみてもいいのかな、と思ったこともあったが、なんだかんだで黒のままでいる。

 

消去法だったかもしれないが、自分の中で受け入れることができた、ということなのだろう。

 

それでも、梅雨時のまとまらなさと跳ね具合は、困りものであることには変わりはないが。

 

 

不思議なことに、切っても癖が出る場所、方向はいつも同じなのだ。

これは、私だけだろうか。それとも、くせ毛の人は、皆そうなのだろうか。

 

短くしても、また同じような形で癖をつくる自分の髪に、健気さを想ってみたりもする。

人の身体というのは、ほんとうに不思議なものだ。

 

くせ毛は、遺伝であると聞く。

 

私のくせ毛は、母方から受け継がれたものだと思われる。

母も、祖母も、くせ毛だった。

 

そう思うと、このくせ毛も、いとおしく思えてくる。

 

思春期のころ、自分の身体の中で最も忌み嫌った部分が、今になってしまえば、愛の象徴にも思える。

そう思うと、人生のおけるいい/悪いなどは、ほんとうに分からないものだ。

 

そうはいっても、ずいぶんと伸びてきたので、そろそろ切り時かとも思う。