大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

曇天とヒマワリと。

久しぶりに、雨の降っていない朝でした。

それでも空には分厚い雲、夏の空はどこへやら。

天気予報を見ると、午後からはまた傘のマークが。

 

時に立秋、あるいは蒙霧升降(ふかききりまとう)。

朝晩の気温が少し下がり、森や水辺に白く深い霧が立ち込めるころ。

 

気づけば、もうすぐ暑さも止むという処暑。

厳しい暑さがないのは、身体にはやさしいのかもしれませんが、それでも夏の暑さが感じられないままに秋に向かうのは、やはり寂しさを感じます。

 

晴れている間にと、久々に息子と公園へ。

しばらく来ないうちに、見事なヒマワリが咲いていました。

 

f:id:kappou_oosaki:20210821161556j:plain

 

私の背よりも高く伸びた、ヒマワリの背丈。

夏の日差しと暑さはないけれど、それでも夏を感じる景色に出会えて、私のこころの「夏成分」が補充されたようです。

 

その季節季節で、出会いたい、眺めたい花があります。

その花というのは、これまでの記憶と結びついているのかもしれません。

 

それは、雨に濡れて少しお辞儀するような桜であったり、この夏の生命力にあふれたヒマワリでもありますし、あるいは秋の雨に濡れる、名も知らぬ白い花でもあります。

 

ただ、それを見ることができたとき、こころが喜ぶようです。

 

この夏も、ヒマワリを見ることができてよかった。

満面の笑みのような、その黄色い花弁を見ながら、それを喜びます。

 

この日は、久しぶりに野球をしようということになりました。

持参したグローブの感触が、なつかしく、うれしく。

 

捕っては投げ、投げては捕って。

不思議と誰もいない公園に、ボールを捕る音だけが響いていました。

 

しばらくすると、また懐かしい音色が響いてきました。

ツクツクボウシ。

 

お盆を過ぎた、この時期の風物詩。

その音色に、少年時代に捕まえた透明の羽根を思い出します。

 

捕っては投げ、投げては捕って。

不思議と、しばらくやっていなかった間に、息子はキャッチボールが上達していて、私の記憶とのギャップに驚きました。

 

日々成長していく息子の速さは、どこか終わりゆく夏の早さと、似ているようでもありました。

 

捕っては投げ、投げては捕って。

 

ヒマワリが、こちらをずっと眺めていました。

 

f:id:kappou_oosaki:20210821161607j:plain