大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

見えない部分の掃除と、心の関係について。

久しぶりに朝から晴れ間が出ていたので、ベランダを掃除しました。

夏の間、クーラーの室外機から水が出るため、どうしても汚れるのが気になっていたのですが、ようやく重い腰を上げて掃除することができました。

 

そんなベランダ掃除でしたが、ほかのことと同じように、やり始めるといろいろしたくなるようで、排水溝の部分の汚れを掃除したくなりました。

けれど掃除をしていくうちに、その排水溝の一番奥の、水が下に流れていく部分が気になり、その蓋を開けて竹串などを使って、せっせと掃除しておりました。

 

終わると、水が流れやすくなり、キレイになったベランダにとても気持ちよく、満足しました。

 

 

見えている部分よりも、見えていない部分を掃除すると、とてもスッキリして気分がよくなる。それは、今回のベランダの掃除の話だけでもないように思います。

 

なかなか掃除をしたりするときは、部屋の中の日常的に目につく部分の掃除をしたくなります。もちろん、その部分の掃除だけでも、手間はかかるのですが。

 

けれど、押し入れや収納、あるいは普段目につかない部分を整理したり、掃除したりすると、とてもスッキリした経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

さて、それは分かってはいるのですが、そうした見えない部分までの整理や掃除をしようとしても、なかなか手につかないのもまた、実際のところだと思います。

 

そういった意味では、「年末の大掃除」というのも、スッキリした気分で新年を迎えるため、という理に適っている部分があるのかもしれません。まあ、年末の忙しい時期にめんどくさいものではありますが。

 

そうした「年末大掃除」といった大義名分以外でも、「なんとなく」引き出しの中や、押し入れの中、あるいは冷蔵庫や冷凍庫の中、クローゼットの中身を整理したくなるときがあります。

それは、どうも自分の心の中の整理といったタイミングと、リンクしているように思うのです。

 

心の中が整理されたから、現実世界の見えない部分を掃除したくなるのか。

それとも、見えない部分を整理したから、心が整理されて落ち着くのか。

 

おそらくは、どちらも正しいのでしょう。

だから、整理収納と、心の整理は近いところにあるような気がします。

 

 

見えない場所の整理・掃除であっても、自分の心の中を整えることでも。

 

共通しているのは、「見たくないものを、直視しないといけない」ということかもしれません。

 

詰め込んだ収納や、しばらく手を付けていない押し入れを整理するためには、そのごちゃごちゃを一度引っ張り出して、それを一つずつ見て、取捨選択をして整理しないといけない。

 

心の中も、同じようです。

普段の生活の中では見ないようにしていた、自分の中の嫌な感情であったり、禁じている感情、あるいはドロドロとして封印しておきたい気持ち。

そういったものを、一度引っ張り出して、それを感じてみる必要があるようです。

 

それは、ごちゃごちゃでパンパンになっている押し入れを開けるよりも、よっぽど勇気の要ることかもしれません。

また、掃除といっしょで始めるまでが一番めんどくさく感じ、エネルギーが要ることかもしれません。

 

けれど、掃除が終わった後のスッキリ感のように、心の中の見えない部分もまた、それを開けて向き合うことは、大きな恩恵を与えてくれるようです。

 

ということで、ベランダ掃除をしながら、見えない部分の掃除と心の中の関係について、考えておりました。

何はともあれ、掃除も心の中の整理も、どちらも溜め込むと大変なのも、共通しているようです。

 

溜め込まないようにしたいのですが、なかなか日常に流されてしまうのですよね…

そんな自分も責めず、思い立ったが吉日、でやっていきたいものです。