大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

処暑、吹く風と寂しさに。

今日から「処暑」。

厳しい暑さも峠を越して、徐々に朝晩は涼しい風が吹き始める時候。

七十二侯では「綿柎開(わたのはなしべひらく)」、綿の花のがくが開き始め、中の綿毛が見え始めるころとされます。

 

その時候の通りに、今朝は涼しい風が吹いていました。

夜半に雨が降っていたようで、その名残がところどころに残ってはいました。

 

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ほんの2週間ほど前の、お盆に入る前は、朝からじりじりと照りつける強い日差しと、熱気のような気温だったのが、ほんとうに早いものです。

夏が好きな私のこと、やはり夏が過ぎ行くと思うと、毎年のことながら寂しさを覚えます。

 

それでも、気温が徐々に下がっていくのは、何をするにしてもいい気候になるものです。

少し外を歩くだけで、体力を消耗する真夏に比べて、活動するのにはいい季節になります。

 

少しずつ、下がっていく気温というのは自然で、やはり身体とこころにとって、やさしい時候だと思うのです。

沸騰させたやかんのお湯が、そのままにしたまま時間が経つと、ゆっくりと冷めていくように、自然で。

 

それは、同じ気温の春とは、少し違うように感じます。

冬から春、そして夏に至るまでは、気温が日々上がり続けます。

それは、水を入れたやかんを火にかけ、徐々に沸騰していくように。

 

それは膨大なエネルギーがめぐっていくので、身体やこころに負担がかかる面もあるのでしょう。

春先に、不安定になりやすい人が多いのも、そういった面があるのかもしれません。

 

これからの季節は、それとは逆に、自然に気温が下がっていく季節。

それは、ただその時間の流れに身を任せるだけで、癒されていく季節なのかもしれません。

 

そんな季節ですが、私にとってその癒しの季節と寂しさが結びついていることは、どこか興味深いものです。

 

そんな処暑の今日も、よき日を。