大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

虹を探しながら。

朝晩の冷え込みが、ずいぶんと進んだように感じます。

薄暗い早朝の床の冷たさに、そろそろ暖房器具を引っ張り出さないと、と思いながらも、億劫になってしまうようです。
そうかと思えば、日中外を歩いていると、汗ばむような陽気の日もあり、衣服に悩ましい日々です。

この寒暖差が、紅葉を鮮やかにするようで、路傍の木々もずいぶんと色づいてきました。
紅葉の名所も、もう今週末か、来週あたりが見ごろでしょうか。

暖房器具といえば、いまの住居ではガスファンヒーターと遠赤外線ヒーターを使っているのですが、私の実家では石油ストーブがメインでした。
灯油の補充が面倒な上に、少しでもこぼすと油の匂いが大変なのですが、やはりほんものの「火」は別格に暖かかったような気がします。
何より、ストーブの上で煮物を炊いたり、お餅を焼いたり…あの味は格別でした。

そんなことを、懐かしく思い出します。

そんな今日の朝は、少し曇り空で、冷たい雨がぱらついている天気でした。

その空を見上げたとき、「虹が見えるかも」とふと思いました。
虹が出るときの空模様、そんな気配を感じたのです。

けれど、あたりをいくら見回しても、残念ながら虹は見えませんでした。

そういえば、時候はいつの間にやら立冬から小雪に移り、七十二侯では「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」に入っていたようです。

里山では雪がちらついたりしながら、木々の葉が落ち始め、いよいよ冬本番の気配が感じられるころ。
曇り空が多くなり、陽射しも弱くなるので、あまり虹を見かけることが少なくなる時期でもあります。

4月の中ごろには、「虹始見(にじはじめてあらわる)」の時候がありますが、それと対をなす、今のこの時候。
この二つの美しい時候の名が、私はとても好きです。

春のころに現れた虹が、冬の訪れとともにかくれる。
季節のめぐり、空の移り変わり、人のありよう。

かくれた虹を探しながら。
ずいぶんと冷たくなった風の感触を、確かめていました。

それでも、今日は虹を見つけることはできませんでした。
それもまた、よし。

また、見かける日を楽しみに。

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