夏の延長線のような9月が終わり。
気づけばもう10月に入りました。
その神無月に入ると、急に気温が下がってきたようで、朝晩は半袖では寒いくらいになりました。
こうも急に気温が変わると、着るものを調整するのも大変ですよね。
そんな10月のはじまりに、また熱田神宮を訪れることができました。
いつもの正門の鳥居。
静かな参道を望みます。
衣替えも間に合わず、夏のままの半袖で訪れた私には、少し肌寒い陽気でした。
前日の夜に降った雨のせいか、何もかもがしっとりと濡れていました。
夏のぎらつくような日差しも、残暑の残り火も、もうどこにもなく。
ゆっくりと、熾火が消えていくような。
そんな情感を抱かせる気温でした。
ゆっくりとその参道を歩きながら、その季節の移り変わりに想いを寄せます。
10月といえば、英語でOctober。
私が高校生のときに、英語の先生が「Octoberの語源はoctopus、すなわちタコ。タコといえば8本足なのに、10月を指すのはなぜだろう?」という小話をしていたのを思い出します。
その先生は、「古代ローマでは、自分の名前を無理矢理、月の名前にした人がいた。初代皇帝のアウグストゥス(8月=August)と、かのユリウス=カエサル(7月=July)である。その二人のせいで、2か月分ずれてしまった」と説明されていました。
当時の私は、「ほぇ~なるほど!」と聞いていたのですが、のちにそれは誤りだったことを知ります。
ほんとうは、ローマの暦では1月と2月がなく、3月から始まる暦を使っていたそうです。
そのため、3月から数えると10月は「8番目」となり、8本足のタコからその月の名前の由来がきているとのこと。
アウグストゥス、カエサルの横暴(?)による説は、どうも後からつけられた俗説のようです。
面白いものですよね。
一見正しそうに見えることでも、実は違っていることなんて、いくらでもあるのかもしれません。
そんな、Octoberについての小話を、参道で思い出したりしておりました。
いつもの上我麻知神社。
よく晴れた境内も気持ちいいのですが、雨に濡れた神社というのは、どこか独特の情感がありますよね。
その湿り気が、心地よく。
本殿を望みながら。
また、この神無月も参拝に来られたことに、感謝の念をこめて手を合わせてきました。
曇天模様の空。
いつもは不快に感じることもあるこの湿り気が、実に心地よく。
水だけが、この世の中すべてを循環します。
水は、すべてを知っている。
そんな言葉を思い出しながら、また参道を歩いてきました。
今年も神無月がやってきました。
あなたの神無月もまた、実り多き月になりますよう、祈っております。