大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

はじまりと終わりは、同じ音。

何かを失くしたと感じるとき、人は悲しみや痛み、苦しみを覚えます。

しかしそうした「喪失」と、新しい誕生やはじまりは、同じ場所にあるようです。

名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。

1.喪失は、新たなはじまりの第一歩

喪失がおとずれるのは、しがみついていたものが私たちを支えることができなかった、ということを教えるためなのです。

そこでは成長し、成熟し、先に進むことが求められています。

けれども、失った悲しみを完了していなかったり、過去にしがみついたり、絶望感におちいったりして前に進まないようにしていると、新たなはじまりはやってきません。

夜の訪れに抵抗していれば、闇のあとにやってくる夜明けが見えないのです。

 

「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.253

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2.はじまりと終わりは、同じ音

こう見えて(?)、私は学生時代にチェロを弾いていました。

社会人になってからも、市民オケにお世話になっていた時期があります。

その練習で、とても大好きだった指揮者の方がいらっしゃいました。

年配の男性の方でした。

末席の私は、遠くから見ているだけでしたが、その先生が身振り手振りで何かを伝えると、音楽がほんとに変わったのを覚えています。

何の曲だったのかも、忘れてしまったのですが。

ある日、その指揮者の方が、練習のなかでこんなことを仰いました。

「曲のなかで、いろんなテーマが移り変わって、旋律も変わっていくよね。でもね、最後には、はじまりと同じ場所に戻ってくるんだ。だってほら、最初と最後は、同じ音だろう?」

確かに、その方の仰る通り、曲の最初の音と、最後の音は、同じでした。

だから、曲がどんなに移り変わろうと、安心感の中で弾きなさい。

そんなことを、仰られていた気がします。

今日のテーマを読みながら、そんなことを思い出していました。

「はじまりと終わりは、同じ音」

私の、好きな言葉の一つです。

それは音楽に限らず、いろんな場面でそう感じることがあるからでしょうか。

今日のテーマも、似たようなものかもしれません。

3.「喪失」は、新しい始まりの場所

「喪失」とは、何かを失くしたと感じること。

その何かとは、
幼いころから抱いていた夢であったり、
描いていた理想であったり、
いつも見ていた風景であったり、
大切な人たちであったり、
温かな居場所であったりします。

何かがなくなるとき、「喪失」を感じたとき、人は痛みを覚えます。

ほとんど、本能的な反応なのかもしれません。

それはさしずめ、夜の闇が人の根源的な怖れを喚起するように。

もう二度と見られない風景、
もう今生では会えない人、
壊れてしまったおもちゃ、
失われた愛情、
あるいは、叶わなかった想い…

そうしたものは、私たちの胸をぎゅっと締めつけます。

それは、日常のなかで忘れがちな、私たちの「有限さ」を感じさせるのかもしれません。

いま、この生は、永遠ではない。

終わりが、ある。

それは、やはり恐ろしいものです。

しかしその終わりの場所とは、新しい誕生の場所でもあります。

「喪失」の悲しみを、痛みを、苦しみを、なくすことはできないけれど。

その先にある、新しい誕生を、信じることはできるのだと思うのです。

夜の訪れに抵抗していれば、闇のあとにやってくる夜明けが見えないのです。

この部分が、とても素敵ですよね。

「喪失」に関して、この一文だけで説明できてしまうような、そんな一文です。

夜の訪れを、そのままに、

ただ、そのままでいると、いつか夜明けも訪れる。

はじまりと終わりは、同じ音なのですから。

今日は、「喪失」の心理について、お伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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