人が生きる中では、いろんな場面やタイミングがあり、その時々で求められる資質が違ったりします。
そして、受け入れがたいと感じるパートナーの資質こそが、自分の道を前に進めるヒントになることがあります。
名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。
1.「岩」が幸せをきらうのは、次に、どうなるかがこわいから
「岩」はうれしさやほめ言葉を信じません。
たとえほんのわずかな時間でも、何かを楽しんでコントロールを手放してしまいたくはないのです。
幸せになれば、その次には、かならず対立がやってくると「岩」は知っています。
いざというときはいつでも闘えるように、武装準備を整えておきたいのです。
しかし、悪い状況下では「岩」は威力を発揮します。
天地がひっくりかえるような事態が起こっても、「岩」にとっては驚きでもなんでもありません。
「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.365
2.「岩」の資質あれこれ
「岩」と「沼」のタイプについては、こちらの記事をご参照ください。
ごくごく単純化するなら、「岩」がストイック、犠牲的、聞き手で、「沼」がヒステリック、感情的、話し手です。
便宜上、そうした分類をしているだけであって、どちらがいい/悪いという話ではありませんし、他人を断定したり判断したりするためのものではありません。
ここは、何度でも注意が必要なところです。
あくまで、目的は「他人と円滑なコミュニケーションを取ること」です。
「岩」は受け取らず、休まず
さて、今日も引き続き「岩」と「沼」の気質についてのお話です。
そのなかでも「岩」の性質について、引用文では述べられています。
私自身が、「岩」傾向が強いからでしょうか、非常に強い共感をもって、引用文を読んでおりました笑
なんというんですかね、昔から「休む」ということが苦手でした。
「休む」というか、「楽しむ」ということが、なのでしょうか。
コントロール癖ともいえますが、「すべてを忘れて、いまを楽しむ」というようなことは、苦手でした。
常に、日常というか、やらなければいけないことが、頭の中にありました。
それはまた、褒め言葉や称賛、あるいは愛をなかなか受けとることができない、という形でも現れます。
自分が受け入れている範囲を超えて褒められたり、あるいは称賛されたりしたとしても、受けとれないんですよね。
だから、自己評価の低い「岩」というのは、非常に難しいものがあります。
本人にとっても、周りの人にとっても。
おちょこのような、ほんのわずかな称賛でも、受けとることを拒否してしまいます。
周りの人は、おちょこどころか、樽のように大きな称賛や愛を、与えようとしているにもかかわらず、です。
そして、とかく「岩」はストイックで犠牲的なので、褒められたり感謝されたりする場面が、多いにもかかわらず、です。
だから、自己評価がすごく低かった時分の私は、とっても扱いづらかっただろうな、と思うのです笑
周りの方々には、ほんとに申し訳なかったな、と思うこともあります。
「岩」の揺るがなさは、適応性ともいえる
さて、そんなふうに過去の自己否定をしても、あまりいいことはありませんんので、「岩」の持つポジティブな面も、見ていきたいと思います。
引用文の後半にある通り、「岩」は何がしかの悪い状況にあるときに、非常に強さを発揮します。
だって、「岩」なのですから笑
どーんと構えて、不動心とも呼べるような、そんな強さを見せます。
思いもよらないトラブルや、あるいは不幸なできごとや。
あるいは、人生の中での、くぼみや谷間といった時期。
そんなときにも、「岩」は慌てることはありません。
しっりと地に足をつけて、いまできることを、一つずつこなしていく強さを発揮します。
何が起こったとしても、その状況をまず受け入れる度量があり、そしてその状況に適応していくことができる。
それが、「岩」の強さです。
先ほど、「いまを楽しむことが苦手」と書きましたが、それとは違った意味で、「いま、ここを生きる」ことができるといえるのかもしれません。
ストレングスファインダーという、自分の強みを34の資質で分析してくれるツールがありますが、私自身は「適応性」という資質が、第5位にあります。
「適応性」とは、原語では"Adaptability"。
何が起こっても、仕方がないと受け入れ、その上で自分のすべきことを考える。
それはまさに、「岩」の揺るがなさ、静かさ、そして強さであるといえます。
3.パートナーの資質こそが、自分の人生を前に進めるヒントになる
パートナーシップに限らず、多くのものごとには、波があり、螺旋状に進んでいきます。
私たちの身近にある「音」も「光」も、波の性質を持っているように。
それは、世の理(ことわり)であるともいえます。
この上ない幸せも、絶望のドン底も、永遠に続くことはありません。
ひとつの高みに達すると、次にくぼみに向かって下っていきます。
そして、そのくぼみの底に達すると、今度はまた次の山頂に向かって登っていきます。
航海にたとえても、同じですよね。
追い風が吹くときもあれば、向かい風のとき、あるいは嵐が吹き荒れるときもあるでしょう。
一番困るのは、風が止まる凪のときでしょうか。
そして、その時々によって、求められる資質というものは、変わってきます。
登り道と下山では、使う筋肉が違うように。
帆を張るのか、あるいはオールを使って漕ぐのか。
求められる資質は、そのタイミングによって違います。
逆風の悪い状況下では、「岩」の揺るがなさ、適応性が役に立ちます。
収穫の時期や、慈愛が降り注ぐ時期は、「沼」の「いま感じていることに集中する」という性質が、何より大切になるのでしょう。
そしてそれは、自分一人の中にある資質に気づいたり、育てたりしてもいいのですが、ともに人生を歩くパートナーに、それを教えてもらうこともできます。
それが、パートナーシップの醍醐味といえます。
「岩」の傾向がある人にとっては、「沼」の資質は、受け入れ難いものかもしれません。
その逆も、然りです。
けれども実は、その受け入れがたい相手の資質が、自分の人生を前に進めるための重要なカギであるようです。
パートナーの資質、それも自分が受け入れがたいものであればあるほど、膠着した自分の道を切り開くヒントになる。
それは、パートナーシップの偉大で、また奥深い点であるといえます。
今日は、「岩」の資質から、パートナーシップについてもお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
〇大嵜直人のカウンセリングの詳細・お申込みはこちらからどうぞ。
※ただいま11月度のモニターさまを募集中となります。
※12月度からは有料での募集となります。
〇カウンセリングのご感想のまとめはこちら。