大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

どうあっても、私たちは心惹かれるもの、愛するものに、自分もなっていく。

私たちが何かに価値や魅力を感じるとき、自分のなかにもその価値や魅力があります。

だから、どうしたって私たちは、自分が愛するものに、自分も近づき、やがてそうなっていくようです。

名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。

1.自分が愛するものに、自分もなっていく

私たちは自然と、自分が愛するものに引き寄せられるものです。

そして、そうなればなるほど自分自身が楽しくなっててき、愛するものと共鳴しはじめます。

この共鳴のなかで、愛するものは自分のなかにあったことに気づきます。

共鳴が起こることによって、その愛が自分自身なのだと知らされ、愛の中で与え、受けとることができるのです。

あなたは愛するとき、心のなかに、その愛するものの種をまき、美しい花のようにはぐくんでいきます。

そして、あなたが受けとり楽しんでいることを、みんなも受けとって楽しむことができるよう、人々に与えたくなります。

楽しさはつねに分かちあいたくなるものです。

 

「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.387

f:id:kappou_oosaki:20220103095718j:plain

2.魅力を感じるとき、その魅力は自分のなかにもある

今日のテーマは、「投影」でしょうか。

愛することのもつ力、ともいえると思います。

「投影」の心理

「投影」とは、心理学のなかでも最も重要かつ基本的な考え方の一つです。

それは、自分の心の内にある感情や観念といったものを、外の世界に映し出すことを指します。

単純な例でいえば、「寂しい」という感情を抱いているとき、西の空に沈む夕日を見ると「寂しげな夕陽だな」と感じるようなものです。

少し複雑になると、過去に出会った人から受けた感情や記憶を、いま目の前の人に映し出す、ということもあります。

いまのパートナーに対して感じる不満が、実は前に付き合ったパートナーに対して感じていたもので、さらにそれはさかのぼっていくと母親に対して感じていたものであったり。

実にさまざまな場面で、私たちは自分の心の内を、外の世界に「投影」します。

何がしかの傷や葛藤があって、それを「投影」しているとき、それは問題になったりもします。

しかし逆の見方をすると、自分の価値や魅力、才能や愛といったものを、外の世界に「投影」することもあります。

憧れの人たちの魅力を書き出すワーク

私が心理学を学んだ中で、印象に残っているワークがあります。

それは、自分の好きな人、尊敬する人、憧れの人を5人挙げて、その人の魅力を箇条書きでいいので書き出してください、というワークです。

 

ぜひ、お時間があるときにやってみてもらいたいのですが…この話の流れですので、もう種明かしが終わっているようなものですね笑

そうなんです、そこで挙げた魅力は、すべて自分自身のものなんです。

まあ、びっくり!

私は、最初にやったときは、全力で否定してましたね笑

「ぜったいに、そんなはずない!」って。

けれども、私たちは自分の中にないものを、外の世界に見ることはできません。

「あの人は、とても器が広い人」と感じるとき、それは「器が広い」という魅力が、なんであるか理解していないと、感じられないわけです。

たとえば、私が何の変哲もないと感じる青い茶碗を見て、ある人は「おぉ…なんと素晴らしい青磁器なんでしょう…!眼福だなぁ…!」と感じる方がいます。

その価値を知っているからこそ、その青い茶碗に価値を感じるわけです。

あまり上手いたとえではないかもしれませんが笑、とりあえず、自分が魅力を感じるということは、それは自分の中に同じ魅力がある、ということだとご理解いただければ幸いです。

そして、それは共鳴し、引き寄せあうものでもあります。

3.心のなかにある、あなたのかけら

私たちが、心惹かれるもの。

そうしたものに惹かれるほどに、私たち自身もまた、そうした存在に近づいていきます。

それはまた、愛することの持つ力といえます。

この共鳴のなかで、愛するものは自分のなかにあったことに気づきます。

共鳴が起こることによって、その愛が自分自身なのだと知らされ、愛の中で与え、受けとることができるのです。

愛おしく想うとき。

私たちは、その相手のなかに自分自身を見ます。

その相手に見る光や魅力といったものは、自分自身のかけらでもあります。

愛することは、そうした自分のなかにある光に気づかせてくれるものです。

それはまた、相手にとっても同じことなのかもしれません。

そうであるならば。

私たちは、ただただ心を開いて、自分の惹かれるものを感じるだけでいいのでしょう。

なかかなに、自分が心惹かれるものに、正直になるのは難しいものです。

「自分なんかが」といった想いや、意地を張ってしまったりすることもあるかもしれません。

けれども、川はやがて海へと流れゆくように。

結局は、心惹かれるものには、抗えないのでしょう。

ときに、曲がりくねったり、ときには濁流になったりもするかもしれません。

それでも。

それでも、やがて大海へと流れゆくように。

心惹かれるものに、愛するものに、私たちはなっていくのでしょう。

今日は「投影」の心理に寄せて、お伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

〇大嵜直人のカウンセリングの詳細はこちらからどうぞ。

※ただいま満席となっております。

※次回12月度からは有料での募集となります。
募集開始は11月24日(木)午前8時からを予定しております。

〇カウンセリングのご感想のまとめはこちら。