大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

春寒の球音に、なにか、すてきなことが起きそうな予感を乗せて。

弥生という言葉には、似つかわしくない寒の戻り。

そんな3月のはじめ、バンテリンドームへ野球観戦に行ってきました。

オープン戦から観に行くのは、何年振りだろうかと考えていました。

遠い記憶のナゴヤ球場の時代、西武ライオンズとのオープン戦を、父と観に行ったように覚えています。

交流戦もなかった当時、パリーグの球団との試合は珍しく、全盛期だったライオンズ・ブルーの獅子たちを見られることを、小さな私は喜んだのでしょうか。

その試合は、途中から降りだした雨で、ノーゲームになった記憶があります。

チケットも払い戻しになったのか、どうだったのか。

春先の雨の冷たさを、なんとなく覚えています。

 

地下鉄名城線、ナゴヤドーム前矢田駅から出ると、その感覚を思い出させるような、そんな冷たい風が吹いていました。

つい数日前まで、2月だったのですから、それも当たり前なのでしょう。

こういうとき、ドーム球場のありがたさが感じ入るわけです。

ドームへの通路を歩く人たちも、まだ分厚いコートやジャンバーなどを着込んでいて、ユニフォーム姿の人は、それほど多くもなく。

「みなさん、こんな寒い時期から、好きですなぁ」

どこか、遠い旅先で、同郷に出会ったような、そんな感覚を勝手に抱きつつ。

地下通路からの階段を、いつも通り駆け上がる。

エスカレーターもあるのですが、せっかちな私は、列に並ぶのを待てずに、いつも階段を一足飛びに駆け上がり、息が切れて後悔してしまうのです。

 

今年の我がドラゴンズは、どうなのでしょうか。

春先に持つ淡い期待が、開幕すると、その期待が泡のように消えていくシーズンを、何度なく繰り返されてきました。

コロナ禍の2020年シーズンに、強力な投手陣と堅守で3位に入ったものの、ここ10年間でAクラスはそのただ1度きり。

勝負ごとには浮き沈みはつきものとはいえ、ずいぶんと長い低迷期に入ってしまったようです。

それでも。

それでも、今年こそは。

そう思いながら、また今年も応援を送るのでしょう。

昨年、海の向こうのメジャーリーグでは、テキサス・レンジャーズが創立63年目にして、はじめてワールドチャンピオンに輝きました。

レンジャーズ創設以来のファンというおじいさんが、その優勝の瞬間を目撃した動画を見ました。

最後のアウトを取った瞬間、そのおじいさんは、目頭に手を当てて、ただうつむいて身動きができないようでした。

63年間の、もろもろ。

それが、昇華した瞬間なのでしょうか。

けれど、どんな体験にも、終わりがあります。

そのおじいさんもまた、新しいシーズンが来れば、また勝ったの負けたの、一喜一憂するのでしょう。

 

勝てなくても、負けても、応援し続ける。

それこそが、ファンの鑑なのでしょう。

けれども、「弱いなら、負けてイヤな想いをするなら、観なければいい」という意見もあります。

たしかに、そうなのかもしれません。

けれど、ダメなんです。

愛さずには、いられない。

負けても、負けても、挑み続けた、競走馬のステイゴールドのキャッチコピーを思い出します。

今年こそは…という淡い期待を、弥生の寒風のなかに探しながら、ドームへの道のりを歩くのです。

 

この日の対戦相手は、開幕カードでも当たる、東京ヤクルトスワローズ。

しかし、我らがドラゴンズは、そのスワローズ相手に8回まで2塁すら踏めない拙攻。

いや、拙攻以前に、シンプルに打てない。

失点も重なり、スタンドに満ちる、「今年もダメか…」という地獄的なムード。

いや、それは私の胸のなかの弱さの投影か…

なんとか1点だけでも…という祈りとともに迎えた、6点ビハインドの9回裏。

なんと、細川成也選手の3ランホームランが飛び出し、溜飲が下がります。

右打席から、バンテリンドームの右中間最深部に突き刺す、見事なホームラン。

やはり、ホームランは野球の華。

一瞬で、球場のムードを一変させる力があります。

試合は3-6で敗れはしたものの、明日への希望を抱かせてくれる、そんな試合になりました。

試合に負けた、帰り道だけれども。

なにか、すてきなことが起きそうな、そんな淡い予感とともに、歩く私がいました。