「ママ、マンマ…」
つたないその言葉を、私に向けられたものだと気づくのに時間がかかったのは、私が「ママ」と呼ばれたことがないからだろうか。
それはともかくとして、その男児は、私に向けて「ママ」と呼び掛けていたようだった。
娘の方が、先に気づいていたようだった。
「あの子、迷子なんじゃないの?」
どこか気だるさと寂しさの入り混じる、日曜日の夕暮れ。
図書館からの帰り道、というか、図書館を出てすぐのところだった。
娘が予約していた本が入荷したとのことで、散歩がてら、その図書館まで一緒に歩いてきた。
久しぶりに訪れた図書館は、いろんな本が置いてあるようで、書架に並んでいる本を眺めているだけでも、無限に時間が過ぎていくようだった。
ベストセラーの小説。
郷土の歴史資料。
子ども向けの絵本、あるいは漫画。
時代の流れからか、書店が少なくなってきているとはいえ、本が並んでいるだけで、幸せな気分になる人種は、確実に存在すると思う。
保管や管理などを考えると、データの方がはるかに楽なのは間違いない。
それでも、この本に囲まれている時間の、実に豊饒なこと。
ついつい、娘に声をかけられるまで、時間が過ぎるのを忘れてしまう。
そんな、図書館の帰り道だった。
「ママは、どこにいるの?」
と聞いても、その子は要領を得ないようだった。
「ママ、マンマ…」
ママなのか、マンマなのか、明確には聞き取れない声を発しながら、その子は小さな二本の足で図書館とは逆の方向に歩いていく。
ママ、母親と、マンマ、ご飯。
どちらも、その子のなかでは、未分別なのかもしれない。
どちらも、あったかくて、幸せな気分になるもの。
その子の見ている世界の、豊かさを想った。
かつて、言語学者の丸山圭三郎氏が書いた文章で、電車に乗った小さな女の子が母親に、
「ママ、デンシャって、人間?それとも、お人形?」と問うた話を思い出す。
大人から見れば、滑稽な問いかけも、言語が世界を分別する前の子どもにとっては、重大な問題だ。
体温があって動く「人間」と、動かない「お人形」。
その子のなかでは、世界はその二つに分類されるのだろう。
新たに覚えた「デンシャ」という存在は、そのどちらに分類されるのか、聞いていたのだろう。
目の前の男児もまた同じように、未分別の、かつ、豊饒な世界に生きているのかもしれない。
「ママ」も「マンマ」も同じ、あたたかくて、幸せになるもの、という存在。
その不在ゆえに、よちよちと小さな身体を一生懸命に、不慣れな道を歩いているようだった。
「おうちは、どこかな?」
私のその問いかけにも、男児の足を止めることはなかった。
「ママ、マンマ」
自らの発する、その言葉を頼りに、男児はまっすぐに歩いていく。
図書館の駐車場から、車が出てきそうになったので、車を停めて男児を先に通す。
しかし、図書館から少し離れたところまできて、男児は不案内を悟ったようだった。
踵を返して、また駐車場を通って、図書館の方へと歩いていく。
つかず離れず、私と娘もまた、その後ろを歩いていた。
「ママ、どこにいるのかな」
その問いかけも、耳に入らないようだった。
果たして、図書館から駆け出してきた女性が、男児を見ると、みるみる形相を変えた。
「外へ出ちゃダメだって、言ったでしょう!」
その言葉とはうらはらに、男児を抱き寄せていた。
男児はきょとんとしていた。
よかったね、と娘が手を振ると、状況を察した女性は「もしかして…すいません」と頭を下げた。
バイバイ、と私も手を振った。
帰り道、娘が幼いころ、お祭りで迷子になったことを話した。
青ざめてさんざん探したあげく、警察の詰め所で、娘はおとなしく椅子に座っていた。
「そんなこと、あったの」
当の本人は、何も覚えていないようだった。
私自身にしたって、記憶がないだけで、何度も同じようなことはあったのかもしれない。
そのたびに降り注ぐ愛を、覚えていないだけだ。
今日の男児にしたって、私や娘のことを何か覚えているはずもない。
いや、覚えていてほしいわけでもない。
それでいいのだろう。
6月の夕暮れは遅く、日が落ちるまでは、まだもう少しかかりそうだった。
アスファルトに伸びる影は、まだはっきりとしていた。