自分が自分を責めているとき、それを周りに投影します。
自分を傷つけることができるのは、自分しかいません。
1.「真実」はあなたを傷つけない
先日の記事では、「真実はあなたを傷つけない」というテーマでお伝えしました。
「真実」は、決してあなたを傷つけない。 - 大嵜直人のブログ
「真実」とは、誰が見ても明瞭な、客観的な事実とは異なります。
「真実」は、起こったできごとを、どのように自分が受け止めるか、解釈するかによって変わります。
同じできごとが起こったとしても、それに対する「真実」は、人によって異なります。
言ってみれば、「真実」は可変であるといえます。
こうした「真実」は、それが自分のコアな「真実」であればあるほど、それはあなたを傷つけない、というのが昨日のテーマでした。
そして、その「真実」は、自分が受け入れるまでは悪魔の姿に見えるものです。
いままで受け取ってこなかった、周りの人の愛。
あるいは、自分自身の価値や才能。
そうしたものは、すぐには受け入れ難く、悪魔にすら見えてしまったりするものです。
けれども、繰り返しになりますが、「真実」は決してあなたを傷つけません。
2.自分が責めている分、傷つく
さて、今日はこの「傷つく」ことについて、考えてみたいと思います。
ここでいう「傷つく」とは、肉体的、物理的なものではなく、心理的なものです。
「真実」は、あなたを傷つけない。
けれども、「真実」でないものは、あなたを傷つけることがある。
人は、いろんなことで心を痛めます。
自分が悲しいと感じるできごとが起こったとき。
心ない言葉を投げかけられたとき。
冷たい態度を取られたとき。
いろんな場面が思い浮かびます。
そうしたこと(悲しいできごと、心ない言葉、冷たい態度)が原因であると考えるのが、自然だと思います。
しかし、不思議なことに、同じ言葉を投げかけられても、まったく傷つかない人もいれば、寝込んでしまうくらいショックを受ける人もいる。
人は、なぜ傷つくのか。
その一つの答えとして、自分自身が責めているときに傷つきます。
たとえば、「君はほんとに要領が悪いよね」と言われたときに、要領の悪さを自分が責めているとき、その言葉に傷つきます。
しかし、それを責めていないときには、それを気にしたりしません。
「そうなんです、ほんと要領悪いんで、みんなに助けてもらってばかりでして」というように。
あなたが周りから傷つけられていると感じるとき。
それは、あなた自身が、自分自身を傷つけていることの投影であるといえます。
3.自分責めを教えてくれているだけ
だから、見方を変えれば、自分を傷つけてくる人がいたとき。
それは、自分が自分自身を責めている点を教えてくれる、と見ることができます。
先の例でいえば、「あぁ、自分は要領が悪いことで、自分を責めてるんだな」というように。
冷たい態度を取られて傷つくならば、「自分といると楽しくないんだな。やっぱり、自分は毒のような存在なんだな」と責めているのかもしれません。
もちろん、そうした言葉を投げかけてくる人や、冷たい態度を取る人が、どんな意図があってそれをしているのかは、わからないものです。
けれども、その言動で傷つくかどうかは、自分自身が決めることができます。
そして、もし傷ついたと感じるならば。
自分に対して、もっとやさしくなれる、というサインといえます。
そんなにも、あなた自身を責めなくても、大丈夫だよ。
あなた以外に、あなたを傷つけられる人はいないんだよ。
だから、大丈夫。
自分を傷つけてくると感じる人がいるとき。
それは、あなたがもっとあなた自身に対して、もっとやさしくなれるチャンスです。
今日は、あなたを傷つけるのは、あなたしかいない、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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