堀江貴文さん著「ゼロ ~なにもない自分に小さなイチを足していく」を読んだので、感じたことを綴ってみたい。
堀江さんの著作に触れたのは、この本が初めてである。
もちろん、同時代を生きる者として堀江貴文さんの名前は否が応でも耳にしてきた。
ただそれはニュースの中であったり、誰かが言及していたりするのを聞いたりする、いわゆる二次資料であり、堀江さんの直接の声を聞いたわけではなかった。
勤め人でビジネスというものにコンプレックスと苦手意識がある私のこと、堀江さんの言葉はきっと私には理解できないものなのだろうと諦めていた。
それが自己否定が極まり精神的にどん底に落ちたところから、少しずつ自分を肯定することを始め、世界に向けて少しずつ「自分」というものを発信し始めたころ、twitterで見かける堀江さんのコメントに惹かれるようになっていった。
この方の話しを、もっと聞いてみたい。
そんなこんなで、縁があった一冊である。
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久しぶりに、魂の震える本だった。
「震える」というのは、「とても感動した」「とても役に立った」などといった意味ではない。
読了後に感じたのは、「絶望」と「希望」だった。
あの堀江さんですら、「ゼロ」から始めたという「希望」。
九州から東京へ飛び出したときも、学生時代に起業したときも、そして長野刑務所から出所されたときも。
その「ゼロ」から「イチ」を足していった結果が、いまの堀江さんを形づくっている。
それはどれだけ途方もない「イチ」を足したら、あんなふうになれるのか、という「絶望」でもある。
人が新しい一歩を踏み出そうとするとき、次へのステップに進もうとするとき、そのスタートラインにおいては、誰もが等しくゼロなのだ。
つまり、「掛け算の答え」を求めているあなたはいま、「ゼロ」なのである。
そしてゼロになにを掛けたところで、ゼロのままだ。物事の出発点は「掛け算」ではなく、必ず「足し算」でなければならない。まずはゼロとしての自分に、小さなイチを足す。小さく地道な一歩を踏み出す。ほんとうの成功とは、とこからはじまるのだ。
「ゼロ」第0章 それでも僕は働きたい p.28.29
あれだけの実績を出して、ビジネスで成果を出しておられる堀江さんのような方が言うこの言葉は、果てしなく重い。
とかく「掛け算」を求め、すぐに目に見えるハウツーや、すぐに形になる成果を欲しがってしまう私の弱い心を戒めてくれる。
当たり前の話だが、土を耕し、種を蒔いて水をあげないと芽は出ない。
何も知らない周りの人から見れば、不毛に見えるかもしれないその行為が、やがて芽を出し大きく育ち、花を咲かせる。
それを信じるのは、自分自身しかいない。
芽が出てその先に大輪の花が咲く可能性を見てあげるのは、自分自身しかいないのだ。
何もないゼロに、毎日、毎時間、毎分、イチを足していく。
「イチを足す」とは、「自分を信用して行動する」ということに尽きる。
たとえば、あなたが率先してボランティア活動に参加したり、多額の寄付をしていたとしよう。それについて、「すばらしい人だ」と評価してくれる人もいれば、「信用ならない偽善者だ」と反発する人もいる。ここばかりはどうにもできない。相手がどのように評価し、信用してくれるかどうかは、こちらでコントロールできる問題ではないのだ。特に、ないもないゼロの人間が「わたしを信じてください」と訴えても、なかなか信用してもらえないだろう。
それでも、ひとりだけ確実にあなたのことを信用してくれる相手がいる。
「自分」だ。
そして自分に寄せる強固な信用のことを、「自信」という。
「ゼロ」第3章 カネのために働くのか? p.148
自分を信用すること。
そのうえでの行動は、失敗しようが何しようが決してマイナスにはならず、「イチ」として足されていくのだろう。
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今は本当に恵まれた時代で、望みさえすればその道の第一人者のような方の一次情報が手に入る。
ビジネスの第一線で活躍されている堀江さんの言葉も然り、である。
それは本当に恵まれていると思う反面、その恩恵を活かすも殺すも、受け手の行動次第だ、と痛感する。
今日も、小さな小さな「イチ」を足していこうと思う。
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最後に、この著書の中で読んでいて落涙した箇所を引用したい。
2006年に堀江さんが証券取引法違反で逮捕され、東京拘置所の中でもう検察の調書にサインしてしまおうか、心が折れそうになっていたときの場面だ。
そんなある日の夜だった。
目が冴えてしまい、布団に入ってもまったく眠気がやってこない。早く寝ようと思うほど、精神が高ぶってくる。そのまま何時間も悶々としていたところ、刑務官の規則正しい足音が歩み寄り、ドアの前で立ち止まった。・・・うなり声が漏れてしまったのか。深夜の拘置所内に、一瞬の静寂が流れる。すると刑務官は、食事用の穴から囁くように語りかけてきた。
「自分にはなにをしてあげることもできないけど、どうしても寂しくて我慢できなくなったときには、話し相手になるよ。短い時間だったら大丈夫だから」
ぶわっ、と涙があふれ出た。
頭まで布団をかぶり、声を震わせながら泣いた。泣きじゃくった。
顔を見なくてもわかる。声の主は、独房から面会室までの間を何度か誘導してくれていた、若い刑務官だった。名前なんて知らないし、知りようがない。でも、その精悍な顔立ちと穏やかな声は、いまでもはっきり覚えている。あふれる涙が止まらない。こんなところにも、こんな僕に対しても、人の優しさは残っていたのだ。
きっともう、直接お礼を伝えることはできないだろう。ほんとうに、ほんとうに感謝している。彼の優しがなければ、僕の心は折れていたかもしれない。
「ゼロ」第0章 それでも僕は働きたい p.24.25
その拘置所の刑務官が特別に優しかった、というわけでもないように思う。
独房から面会室までを誘導する間に顔を合わせただけでも、堀江さんから何かを感じて声をかけたように私には思える。
職務上の規定の厳しい刑務官にそんな言葉を言わせるほど、きっと堀江さんはどこまでもピュアで、どこまでもまっすぐなのだろうと思う。
願わくば、私もそんな人間になりたい。
そのためには、この瞬間から、また小さな小さな「イチ」を足していくことしかない。