今日は書評を。
心理カウンセラー/セミナー講師/ベストセラー作家の根本裕幸さんの新刊『執着を手放して「幸せ」になる本』(学研プラス)に寄せて。
1.執着とは何か?
この本は、タイトルの通り人の「執着」を手放すことについて書かれた著作である。
「執着」というと、たとえばスポーツの世界でよく言われるところの「ボールへの執着心」など、よいニュアンスで使われることもある。
それを手放す、とはどういうことだろうか。
一般に、執着という言葉は、たとえば「この契約を何としてでも勝ち取るために、執着する」とか「甲子園に出るために、目の前に一勝に執着する」という表現で使われますが、心理カウンセリングでは、これを「こだわり」と呼んで、執着とは区別します。
(中略)
つまり、こだわりには希望も夢もあって、とてもポジティブな状態なのです。
では、心理カウンセリングで言う執着とは、どんなものでしょうか。
あなたは、ある人物(もの)が気になってたまりません。心のほとんどがそれを占めていて、「絶対に手に入れたい」「絶対に手放したくない」と思い、いろいろな努力を重ねます。
そこには希望も夢も、喜びもありません。心を占めるのは、怖れや不安、悲しみ、無価値観など、苦しい感情ばかり。
つまり、こだわりと執着の違いとは、そこに「喜び」があるか、「苦しみ」ばかりを伴うかにあるのです。
根本裕幸さん『執着を手放して「幸せ」になる本』(以下、本書と記す。強調部は本書のまま) p.20,21
「こだわり」とは、ある目標に向かって試行錯誤を繰り返してトライして、その過程自体を楽しめる状態のこと。
それに対して「執着」とは、ある事象や人に心が囚われていて、四六時中そのことばかりを考え、結果ばかりを追い求めて苦しい状態のこと。
本書は、そんな「執着」について書かれた本である。
「恋人」や「お金」、「会社」、「健康」、「結婚」、「時間」…実に様々なものに、人は執着して苦しむ。
それを簡単に手放すことができればいいのだが、なかなかそれが難しい。
その理由として、著者は執着しているのは、実際には人やものではなく、感情であると説く。
執着はあらゆる人やものを対象とします。では、それらを手放せば執着がなくなるのかといえば、じつはそうではありません。
なぜなら、執着しているのは人やものではなく、それに映し出されている「感情」だからです。
本書 p.54
執着が生じる背後には必ず「強い感情」が存在しており、多くの場合ネガティブです。
もちろんどんな人も、恋人と別れれば喪失感を味わいますし、お金のありがたさを知ればなくなった場合の不安を覚えます。しかしその感情があまりに強く、心が処理できないでいると、その感情にとらわれたままの状態、つまりは執着が生じます。
人やものへの執着は、そういった感情の表れです。
執着の対象となっている人やものには、処理できなかった感情をどうにかしようとあがいている心の様が映し出されているのです。
本書 p.55
本書で挙げられている例のように、「汚部屋」に悩む人は、無理矢理に部屋にあるものを整理して捨てたとしても、また同じ状態に戻ってしまうことが多い。
注目するべきなのは、「汚部屋」という現実面での事象ではなくて、それを作り出している本人の内面の部分である、と著者は説く。
そして、それを作り出しているのは往々にして、怖れ、不安、怒り、過去の栄光、嫉妬、無価値観…といったネガティブな感情であるからだ、と。
本書を読み進めると、はて、私はいま何に執着しているのだろう、と考えてしまう。
2.手放す、とは何か?
このように見てきた執着を、著者はタイトルにある通り、「手放す」ことをすすめている。
執着を無い状態にする等ではなく、「手放す」、と。
では、「手放す」とは、何だろうか。
ですから、単純に「執着している?では、その人から離れなさい」では、解決にはなりません。
必要なのは、人やものへの執着を解放しつつ、執着に映し出される感情も一緒に解放することです。
私はこれを「手放し」と呼んでいます。
本書 p.89
純粋な愛よりも欲求があまりにも強くなったから選択肢を奪われ、自由でなくなっています。
あなたが苦しいのは、欲求があなたを傷つけているからなのです。
手放すのは、こ自己中心的な欲求であり、自分自身を窮屈にしている思考パターンです。それは、あなたと執着の対象となっている人やものを縛る「鎖」のようなもの。おたがいの自由を奪い、視野を狭めてしまうものです。
だからこそ、おたがいを縛っている鎖をほどくこと。
自分と相手に自由を与えること。
これば、私が提案する「手放し」です。
本書 p.97
捨てるでもなく、無くすでもなく、無理矢理に消す、でもなく。
ただ、その対象や人との距離を、開けること。
どうしても、欲求が強いと、私たちはその対象との距離を縮めて束縛したがる。
「お金」なり、「恋人」なり、「会社」なり…
そうではなくて、その対象と自分との境界線を引いて離れたまま、好きでいる、ということだ。
たとえば「恋人」との関係でいえば、その相手とのお付き合いが続こうとも、終わろうとも、どちらでも構わない。
犠牲でも我慢でもなく、その人を想うだけで、幸せな気持ちになれる…
欲もエゴも深い私たち人間のこと、なかなかそこまでの境地には至れないかもしれないが、それでも、著者の提案する「手放し」とは、そうした方向性にある。
いずれにせよ、前述の引用の箇所の通り、「自分と相手に自由を与えること」。
手放しとは、それに尽きるのではないかと思う。
3.執着を手放すための方法論
本書の後半で、前述の「執着を手放す」ためのワークが、詳細に説明されている。
・自分の軸を取り戻す(自己肯定感を上げる)
・「手放す」という決意をする(手放すと宣言し、肚をくくる)
・感情を解放する(溜まっているネガティブな感情を吐き出す)
・感謝の気持ちを伝えて、新しいスタートを切る
というプロセスに従って、具体的な方法論やイメージワークなどが紹介されている。
このあたり、数多くのクライアントの執着と手放しのプロセスを見てきた著者の真骨頂なのだろう。
一気にやる必要もなく、半年くらいかけてじっくり取り組むくらいが、いいのかもしれない。
自己肯定感にせよ、感情の解放にせよ、急に0から100にはできない。
なかなかそう思えない自分も、何も感じられない自分も、どす黒い感情を感じてしまう自分も、すべて順調なプロセスとして受け容れていくのが、最良の手放しへの道なのだろう。
4.人は、もっと自由に生きられる。
執着とはその対象や相手のみならず、自分をも縛る鎖である。
それを手放すと、どうなるか。
自由になる。
「~しなければならない」、「~すべき」、「~するのが当たり前」といった考えから解放され、自分の人生を踏み出すことができるようになる。
それは、執着していたものや人を捨てるわけではない。
あくまで大切にしている愛だけを残したまま離れる、ということだ。
無理に捨てる必要もない。
なぜなら、執着するということは、それだけその人にとって大切なものだから。
逆説的ながら、執着できるということは、そこにその人の才能のありかを示しているようなものなのだろう。
人は、もっと自由に生きられる。
それこそが、著者がタイトルにつけた「幸せ」であり、本書に込めた願いなのだろうと感じる。
いちばん大切なのは、自分自身が幸せになること。その人と別れるかどうかなどは、今の時点ではどっちでもいい。
執着を手放して自由になって、あなたの目にさまざまな選択肢が見えてきたときに、これからのことは決めればいいのです。
もう一度言いましょう。今いちばん大切なのは、「あなた」が幸せになることです。
本書 p.99