大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

完全な、それでいて不完全な。

二日ほど前、梅雨の合間に黄色を見かけた。

 

f:id:kappou_oosaki:20210616205839j:plain

 

タンポポだろうか。

 

タンポポというと、春先の弥生のころを想うのだが、この梅雨時期の黄色も悪くない。

 

完全な円ではなくて、少し欠けたその花弁の形が、どこか愛嬌があり美しかった。

 

いつも、わたしたちは完全なものになろうとする。

欠点をなくし、短所を修正し、影や陰の部分を隠し。

完璧で完全な円になろうとする。

 

ありのままの自分は、いびつな形をして当たり前なのに、それを隠そう直そう無くそうとする。結果、苦しくなる。

無理矢理に形を変えることなど、できはしないのに。

 

長所で尊敬され、短所で愛される。

 

そんな言葉があるように。

 

その欠けた部分は、たいせつな誰かに与えさせてあげるスペースだ。

それを晒したとき、誰かが愛を注いでくれる。

欠点、弱さ、短所は、愛を受け取るために天から与えられた恩恵ともいえる。

 

かの有名なサモトラケのニケ、あるいはミロのヴィーナスが、もし完全な形で残っていたとしたら。

いまのそれらが持つ美はありうるだろうか。

 

不完全なように見えて、完全なのだろう。

 

 

そんなことを想う、不完全な黄色。

 

その二日後に、同じ場所を通ると、また黄色が目に入ってきた。

 

f:id:kappou_oosaki:20210618231722j:plain

 

まんまるの、黄色の花。

いつの間に、満ちたのだろうか。

 

後から満ちることなど、あるのだろうか。

そんなことは無いような気がするが、そうすると二日前の花とは別の花なのだろうか。

 

この世をば 我が世とぞ 思ふ望月の

欠けたることも なしと思へば

 

満月を詠った、平安時代に栄華を極めた貴族の歌が想起される。

 

不完全さも、完全さも、どちらも美しいじゃないか。

いや、そもそもが、不完全であり完全なのかもしれない。

 

昼夜があって一日のように。陰陽があってものごとが満ちるように。

完全も、不完全も。

すべては、ひとつながりのもの。