4250mの遥かなる道のりを、9頭の名ジャンパーたちが駆けていく。
春の空の下に映える、スカイブルーのメンコと、チークピーシーズ。
オジュウチョウサンは、今日も好位から追走していく。
このJGⅠ・中山グランドジャンプに7年連続、7度目の出走。
同一の中央重賞に7年以上連続で出走したのは、あの名ステイヤー・トウカイトリックしかいない。
前年、このレースではメイショウダッサイの5着と、6連覇を阻まれた。
そもそも、5連覇ということ自体が、ほんの刹那の差が明暗を分ける競馬のなかでは、稀有な偉業ではあるのだが。
連覇にはならねども、6度目の戴冠を。
しかし、齢11歳。
同じ2011年に生を受けたサラブレッドは、とうにそのほとんどが現役を退いている。
同世代のダービー馬・ワンアンドオンリーなども、種牡馬としての馬生を歩み、その産駒が昨年デビューしてる。
しかし、オジュウチョウサンは、走り続ける。
いったい、何度この障害を飛越してきたのか。
何度、そびえる大竹柵障害を、勇気をもって飛んだのか。
何度、大生垣障害の困難に、立ち向かってきたのか。
一つ飛び越えた先に、また一つ。
越えるほどに、また障害が見えてくるのは、生きることと似ている。
だから、障害に惹かれるのだろうか。
鞍上の石神深一騎手は、このレースが障害1000回目という、節目の騎乗。
コーナーを利して、有利なポジションを取りながら道中を進んでいく、その姿。
大生垣障害の前では、毎回進路を内に取り、大竹柵障害ではいつも通りに3番手あたりをキープし、着実にアドバンテージを積み重ねていく。
他を圧倒する脚力ではなく、詰将棋を観ているかのように、緻密かつ老獪な走り。
芝コースに入り順位を押し上げていく。
3、4コーナーの中間地点、前を行くビレッジイーグル、ケンホファバルトの2頭を、ブラゾンダムールがかわさんと押し上げていく。
それに呼応して、石神騎手の鞭が飛ぶ。
その後ろからは、マイネルレオーネがぴたりと追走していく。
火が、灯った。
沸点を、迎えた。
長い長い鍔迫り合いから、剥き出しの斬り合いへ。
ブラゾンダムールが先頭で、直線を迎える。
外からオジュウチョウサン。
最後の障害を飛越する。
残り200m。
先頭のブラゾンダムールと外・オジュウチョウサンとの差は、わずかに1馬身ほど。
オジュウチョウサンが、並びかける。
内からブラゾンダムールが、二の脚を使って伸びる。
4000mを走破してなお見せる、素晴らしい脚。
しかし、オジュウチョウサン。
見てはいけないものを見たような気がして、背筋に粟が立つ。
青白い炎を纏って、伸びる。
なぜ、そんなにも伸びるのか。
なぜ、そんなにも走れるのか。
なぜ、そんなにも頑張れるのか。
なぜ…
その問いを反芻する間もなく、スカイブルーのメンコが、ゴール板を駆け抜けていった。
左手の鞭で渾身のガッツポーズの、石神騎手。
オジュウチョウサンは、スピードを緩めながら、淡々と駆け抜けていった。
1馬身と1/4差の2着にブラゾンダムール、さらに半馬身差の3着にマイネルレオーネ。
出走馬9頭、全人馬が完走したことが、何よりも美しかった。
JRA史上初の11歳馬によるGⅠ制覇。
11歳という馬齢を重ねても、こうして無事に出走を続けるのは、陣営の尽力の賜物だろう。
肉体的な衰えが、ないはずもない。
それを経験、駆け引き、ポジショニング…すべての引き出しでカバーしながら、そして最後には唯一無二の勝負根性で競り落とす。
昨年末の中山大障害以来の、障害GⅠ・9勝目。
もう感覚が狂ってくるが、年間2回しかない障害GⅠを9勝とは、空前絶後の記録である。
それも、「ただの」9勝ではない。
2017年中山大障害、あのアップトゥデイトとの名勝負があるからこそ、その積み上げた9勝が燦然と輝いている。
2022年中山グランドジャンプ、オジュウチョウサン。
生ける伝説は、なおも現在進行形。
もう、生きているうちに、こんな名馬には出会えないかもしれない。
そんな寂寥感すら覚える、絶対王者の走り。