大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

その走りが、輝かせるもの。 ~2022年 中山グランドジャンプ 回顧

4250mの遥かなる道のりを、9頭の名ジャンパーたちが駆けていく。

春の空の下に映える、スカイブルーのメンコと、チークピーシーズ。

オジュウチョウサンは、今日も好位から追走していく。

このJGⅠ・中山グランドジャンプに7年連続、7度目の出走。

同一の中央重賞に7年以上連続で出走したのは、あの名ステイヤー・トウカイトリックしかいない。

前年、このレースではメイショウダッサイの5着と、6連覇を阻まれた。

そもそも、5連覇ということ自体が、ほんの刹那の差が明暗を分ける競馬のなかでは、稀有な偉業ではあるのだが。

 

連覇にはならねども、6度目の戴冠を。

しかし、齢11歳。

同じ2011年に生を受けたサラブレッドは、とうにそのほとんどが現役を退いている。

同世代のダービー馬・ワンアンドオンリーなども、種牡馬としての馬生を歩み、その産駒が昨年デビューしてる。

しかし、オジュウチョウサンは、走り続ける。

いったい、何度この障害を飛越してきたのか。

何度、そびえる大竹柵障害を、勇気をもって飛んだのか。

何度、大生垣障害の困難に、立ち向かってきたのか。

一つ飛び越えた先に、また一つ。

越えるほどに、また障害が見えてくるのは、生きることと似ている。

だから、障害に惹かれるのだろうか。

 

鞍上の石神深一騎手は、このレースが障害1000回目という、節目の騎乗。

コーナーを利して、有利なポジションを取りながら道中を進んでいく、その姿。

大生垣障害の前では、毎回進路を内に取り、大竹柵障害ではいつも通りに3番手あたりをキープし、着実にアドバンテージを積み重ねていく。

他を圧倒する脚力ではなく、詰将棋を観ているかのように、緻密かつ老獪な走り。

芝コースに入り順位を押し上げていく。

3、4コーナーの中間地点、前を行くビレッジイーグル、ケンホファバルトの2頭を、ブラゾンダムールがかわさんと押し上げていく。

それに呼応して、石神騎手の鞭が飛ぶ。

その後ろからは、マイネルレオーネがぴたりと追走していく。

 

火が、灯った。

沸点を、迎えた。

 

長い長い鍔迫り合いから、剥き出しの斬り合いへ。

ブラゾンダムールが先頭で、直線を迎える。

外からオジュウチョウサン。

最後の障害を飛越する。

残り200m。

先頭のブラゾンダムールと外・オジュウチョウサンとの差は、わずかに1馬身ほど。

オジュウチョウサンが、並びかける。

内からブラゾンダムールが、二の脚を使って伸びる。

4000mを走破してなお見せる、素晴らしい脚。

 

しかし、オジュウチョウサン。

見てはいけないものを見たような気がして、背筋に粟が立つ。

青白い炎を纏って、伸びる。

なぜ、そんなにも伸びるのか。

なぜ、そんなにも走れるのか。

なぜ、そんなにも頑張れるのか。

なぜ…

その問いを反芻する間もなく、スカイブルーのメンコが、ゴール板を駆け抜けていった。

左手の鞭で渾身のガッツポーズの、石神騎手。

オジュウチョウサンは、スピードを緩めながら、淡々と駆け抜けていった。

1馬身と1/4差の2着にブラゾンダムール、さらに半馬身差の3着にマイネルレオーネ。

出走馬9頭、全人馬が完走したことが、何よりも美しかった。

 

JRA史上初の11歳馬によるGⅠ制覇。

11歳という馬齢を重ねても、こうして無事に出走を続けるのは、陣営の尽力の賜物だろう。

肉体的な衰えが、ないはずもない。

それを経験、駆け引き、ポジショニング…すべての引き出しでカバーしながら、そして最後には唯一無二の勝負根性で競り落とす。

昨年末の中山大障害以来の、障害GⅠ・9勝目。

もう感覚が狂ってくるが、年間2回しかない障害GⅠを9勝とは、空前絶後の記録である。

それも、「ただの」9勝ではない。

2017年中山大障害、あのアップトゥデイトとの名勝負があるからこそ、その積み上げた9勝が燦然と輝いている。

 

2022年中山グランドジャンプ、オジュウチョウサン。

生ける伝説は、なおも現在進行形。

もう、生きているうちに、こんな名馬には出会えないかもしれない。

そんな寂寥感すら覚える、絶対王者の走り。

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