大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

群雄割拠を断つ、後の先。 ~2022年 皐月賞 回顧

10年ひと昔といわれるが、10年経つと常識も一通りアップデートされ、人の世のありようが大きく変わるようである。

10年前の皐月賞といえば、ゴールドシップが勝った2012年。

いまもなお「ゴルシ・ワープ」と称される、内田博幸騎手の見事な騎乗が印象深いが、「共同通信杯から直行のローテで勝った」ことが、当時としてはエポック・メイキングだった。

それまで、皐月賞の前走としては、トライアルのGⅡ弥生賞か、GⅡスプリングステークス、もしくは若葉ステークスあたり。

それが、外厩制度の発達とともに、間隔を空けるローテーションが、徐々に主流になってきた。

3歳初戦で桜花賞を勝った、2019年のグランアレグリア。

ホープフルステークスから直行で、同じく2019年の皐月賞を勝ったサートゥルナーリア。

ローテーションは多様化の一途をたどり、有力馬がトライアルで顔を合わせることは、少なくなってきた。

10年前と比べると、大きく常識が変わった。

 

2022年の皐月賞は、その傾向に輪をかけて、実に多彩な路線から出走馬が集まってきた。

2歳マイル王・ドウデュースはGⅡ弥生賞3着を経由したが、ホープフルステークス勝ちのキラーアビリティは直行、さらに前年11月のGⅢ東京スポーツ杯2歳ステークスを制したイクイノックスも直行。

さらにはレベルの高かったGⅢ共同通信杯を制したダノンベルーガ、GⅢ京成杯から直行のオニャンコポン、そして無敗で若葉ステークスを逃げ切ったデシエルトなど、多士済々。

直接対決が少ないから、その力関係の比較が実に難しい。

単勝10倍以下の人気が、実に6頭。

1番人気のドウデュースですら3.9倍と、難解な予想に悩むファンの心理が表れていた。


 

ファンファーレが鳴り、2022年の牡馬クラシックの開幕を告げるゲートが開く。

好枠のキラーアビリティが後手を踏み、逃げるのか出方が注目されたデシエルトも出がよくない。

内からアスクビクターモアと田辺裕信騎手がハナを切り、和田竜二騎手のビーアストニッシドは逃げずに先行集団のポジションを選択。

5番手あたりの内にダノンベルーガ、それを外から福永祐一騎手のジオグリフが横につけている。

大外18番枠のイクイノックスとクリストフ・ルメール騎手は、自然に中団外目を追走。

武豊騎手のドウデュースは、後方から3番手あたりの位置取り。

 

向こう正面に入ってからは、アスクビクターモアが単騎の逃げ。

番手に入ったデシエルトが、折り合いに専念したことで、ペースは落ち着いた。

逃げて良績を残している馬が多かったことで、速いペースも予想されたが、それほど流れずにレースは進んでいく。

その流れに、ポジションを修正するように、イクイノックスがじりじりと押し上げていく。

前半1000mが1分0秒2は、各馬、想定よりも落ち着いたペースだったか。

向こう正面中間を過ぎてから、馬群が固まって、3コーナーから4コーナーへ。

 

迎えた直線、粘るアスクビクターモアに、内から馬体を併せるダノンベールガ。

馬場状態のいい真ん中に進路を取ったイクイノックス、そしてそれにかぶせるようにジオグリフ。

ドウデュースは、大外を回して伸びてくる。

残り100mで前に出たイクイノックスを、最後にジオグリフが外からねじ伏せた。

外から伸びてきたドウデュースが3着、以下内で粘ったダノンベルーガと、アスクビクターモアが入線。


 

1着、ジオグリフ。

昨年のGⅢ札幌3歳ステークス勝ちでは、非常に高い操縦性とレースセンスの良さを見せていた。

GⅠ朝日杯フューチュリティステークス、GⅢ共同通信杯と惜敗が続いたが、この皐月賞で巻き返した。

何より、そのセンスの良さと完成度の高さが光る。

そのセンスを勝ち筋に導いた、福永騎手の手腕の凄みに、脱帽である。

14番枠スタートから、最内のダノンベルーガを抑えつけながら、イクイノックスに先に仕掛けさせ、それを目標に、測ったように差し切る。

かつての大横綱・双葉山が、得意としたと伝えられる「後の先」。

相手よりも一瞬後に立ちながら、主導権を取っている、立ち合いの理想形。

そんな言葉を、想起させた。

ここで何度も福永騎手の騎乗について書いてきたが、また一つ、何度も見返したい名騎乗が生まれた。

 

2着、イクイノックス。

昨年11月のGⅢ東京スポーツ杯2歳ステークス勝ちから直行という、異例のローテーションからの連対となった。

自分でポジションを取りに行った分、勝ち馬に差されたが、枠を考えれば何も悲観することもない。

冒頭に書いたように、もはやローテーションでどうこう判断する時代では、ないのだろう。

陣営が、「その馬にとって」ベストな選択をしていく。

ただ、その単純なことに集約していくのかもしれない。

木村哲也調教師は、1着のジオグリフとあわせて、クラシックの大舞台でワンツーを決めた。

今年初戦を、この皐月賞を選んだのも、もちろん42日後を見据えてのことだろう。

5月29日、日本ダービー。

府中の2400mは、この馬にとって、この上ない舞台設定だと思われるが、さて。

 

3着、ドウデュース。

掲示板に載った馬の中では、唯一中団よりも後ろから来た通り、力は見せてくれた。

しかし、結果論ではあるが、今日のレース展開からすると、後方3番手のポジションでは厳しすぎたか。

前走のGⅡ弥生賞ディープインパクト記念で、アスクビクターモアを捕まえきれなかったのが、このポジションのアヤになっている気もするが、どうだろうか。

しかし、脚力の地力は世代上位。

ダービーでの巻き返しを、期待したい。

 

4着、ダノンベールガ。

難しい1番枠から、川田将雅騎手がよくエスコートしていた。

微妙に荒れていた内を通らされたのも、響いたか。

直線でアスクビクターモアが壁になる形になってしまったのも、痛かった。

この馬も、府中に替わって良さが活きると思われる。

しかし、外を通った3着のドウデュースに差されたことと、コースの差をどう見るか。

あと42日、考えてみたい。

 

5着、アスクビクターモア。

淡々としたペースの逃げに持ち込んで、最後までよく粘った。

他の先行馬が、順位を下げる中で、地力の高さを見せてくれた。

先手を取れる機動力が、この馬の良さだけに、内枠が厳しかったか。

内枠でなければ…デシエルトが後手を踏んでいなければ…という、タラレバを考えても仕方がないのだが、そう考えたくなる走りだった。


 

2022年、皐月賞。

群雄割拠の混戦を制したのは、ジオグリフ。

福永祐一騎手の「後の先」に導かれ、クラシック一冠目の栄誉に輝いた。

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