世の中に たえて桜の なかりせば
春の心は のどけからまし
そう詠ったのは、在原業平だったでしょうか。
もし世の中に桜という存在がなければ、春の人の心はのどかだっただろうに。
春が訪れると、その花がいつ咲くのか、そわそわとして。
咲いたらその美しさに心をうばわれ。
そして、いつまで咲いているのだろうと、気を揉む。
そんな花は、桜だけのような気がします。
はるか平安の昔、稀代の歌人をして、そう詠わせた桜の花。
それは千年の時を経ても、変わらないようです。
歳を経るごとに、症状がひどくなる花粉症にもめげず。
その開花が気になって、いそいそと近所の川沿いを歩くのです。
東京では、もう満開に近いところもあるようで。
そんな声を聞くと、早く見たいと心はせわしくなくなるのです。
千年前の歌人の、詠んだとおりでしょうか。
毎年、変わらず春は訪れます。
ずっと、冬が続くこともなく。
殊更寒い夜をいくつか過ぎると、吹く風は暖かさを含むようになります。
それは、地軸の傾きなのか、太陽との距離なのか、何で説明してもいいのでしょうけれども。
それはやはり、毎年訪れる奇跡のようにも思うのです。
そんなことを考えながら、川沿いを歩いていると。
小さな白い点が、見えました。
小さな小さな、その五つの花弁。
今年も、その姿を見ることができました。
この、ほとんど「白」にしか見えないような淡い色が、無数に重なって咲くと、空をピンク色に染め上げるのが、実に不思議です。
また目にすることができた、奇跡。
なぜ、また今年も変わらず咲いてくれるのだろう。
そんなことを想いながら、しばらく眺めていました。
めぐる季節、訪れる春。
それを見つめていると、愛されているとしかいいようがないように、感じるのです。