大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

弱音が吐ける場所は、誰にとっても必要なもの。

感情と同じように、「弱音」もまた、溜め込むほどに膨らんでしまいます。

それを安全に吐き出せる場所は、誰にとっても必要なものです。

1.「弱音」の扱い方について

今日は、「弱音」の扱い方について、というテーマを少し考えてみたいと思います。

「弱音」、あるいは「愚痴」と言い換えてもいいのですが、そうしたものをどう扱うかです。

冒頭にも書きましたが、弱音が吐ける場所は誰にとっても必要だよね、というお話です。

「弱音」と聞くと、ネガティブなイメージを受けることが多いものです。

「弱い」という字が入っているように、それは弱い人が吐くもの。

それをあまり吐いてはいけないもの。

依存的なもの。

我慢するべきもの。

そんな捉え方をされることが多いものです。

けれども、そうした「弱音」の扱い方は、私たちの心にとって大切なことでもあります。

前向きな姿勢やポジティブな思考は大切ですし、誰もがそう在りたいと思います。

そうであればこそ、その逆の後ろ向きでネガティブな「弱音」を、どう扱うかもまた、大切です。

よく、光と影のたとえをしますが、眩しい光であればあるほど、その光には強い影ができます。

それはどちらも一つであり、どちらかだけを見ることは、とても不自然なことといえます。

2.感情と同じで、溜め込むほどにキツくなる

「弱音」を吐ける場所は、誰にとっても必要。

感情と同じで、「弱音」もまた、溜め込むほどに私たちの心身を蝕むことからも、そうした場所は大切です。

「怒ったらいけない」

そう思うほどに、私たちは「怒り」から離れられなくなります。

「絶対に酸っぱいレモンの味を思い浮かべたらダメですよ!」と言われたら、口の中が酸っぱくなりますよね笑

人間の脳には、否定が無いと言われたりもします。

怒りを無視しようとすると、それを無理矢理に抑えつけようとする分、膨大なエネルギーを使ってしまいます。

さしずめ、特急電車のなかで、お腹が痛いのを我慢しているような状態でしょうか笑

その抑圧した状態が続くと、いつか思わぬところで爆発してしまうかもしれませんし、その抑圧するエネルギーがなくなると無気力、無感動な状態になってしまったりします。

「弱音」もまた、同じです。

「弱音を吐いたらあかん」と思っていると、ずっと「弱音」を意識し続けることになります。

そうすると、見かけは前向きになっているように見えても、どこかでその後ろ髪を引かれているような感覚になったりしますよね。

弱音を吐きたい、小さな弱い自分が、ずっと自分の胸の内で、駄々をこねているような、そんな状態でもありますよね。

感情にしても、「弱音」にしても、溜め込むほどにキツくなるのは、同じです。

それを安全に吐き出せる場所を確保することが、大切なようです。

3.弱音を吐ける場所を確保する

ただ、「弱音」を吐くというのも、なかなか難しいものですよね。

まずは、「弱音を吐いてもいい」という許可を自分に出すことでしょうか。

「弱音」を吐いたら、前向きじゃないとか、ポジティブじゃない、と思ってしまいがちですが、その逆です。

前向きになるために、「弱音」を吐き出すんです。

出すだけ出したら、スッキリして前を向くことができるものですから。

そのためには、「弱音」を吐き出せる場所を確保することを、おすすめします。

カウンセリングもまた、そうした「弱音」を吐き出す場所でもあります。

ただ、その「弱音」には、その人の魅力であったり、素晴らしい価値が眠っているものです。

これは、「問題」についてもまた、同じですよね。

どんなことを「問題」と感じて、何に「弱音」を吐きたくなるのか。

そこには、その人のかけがえのないパーソナリティが表れるものです。

先ほどの光と影のたとえではないですが、その「弱音」の裏側にある光を、私はいつも見続けたいと思っております。

今日は、「弱音」を吐ける場所は、誰にとっても必要なもの、というテーマでお伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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