大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。それでも、愛することを諦めきれないあなたへ。

キングコング西野さんから「誕生日レター」が届いて、いろいろ考えた話

今日はタイトルの通り、私の「レターポット」に西野亮廣さんから「誕生日おめでとうレター」が届いたことに寄せて、少し綴ってみたいと思います。

これを読まれている方の中には、そもそも「レターポット」とは何ぞや?という方もおられるかと思います。

以前にこちらの二つの記事で詳しく綴ってみましたので、よろしければ合わせてぜひ。

「レターポット」の革新性について考えてみる - 大嵜 直人のブログ

究極のコミュニケーションとは ~キングコング西野さんの「レターポット」に寄せて - 大嵜 直人のブログ

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昔から私はテレビをあまり見ない性分でしたので、お笑いやタレントには疎いほうでした。

キングコング・西野さんのお名前も、聞いたことはあるけれど、というレベルの知識しかありませんでした。

しかし、とある日の昼休み、会社のパソコンで全編無料公開されていたアレをうっかり開いてしまったのです。

そう、西野さんの絵本「えんとつ町のプペル」を。

あの美しいラストのページ、そしてプペルのあの台詞を読んだ瞬間に、私はトイレに駆け込んで号泣してしまいました。

まさにクサイ話なのですが、両親との別離とそこからの癒しがツボの私のこと、男性トイレの個室で声をあげて泣きましたとも。

そしてすぐに「えんとつ町のプペル」を買い求め、大好きな絵本になりました。

子どもに読み聞かせするときも、いつもラストで涙ぐんでしまうので、

「おとう、プペル読むのはいいけど、さいごに泣いちゃダメだよ」

とクギを刺される始末。

けれど、それくらい私にとっては、大切な、そして美しい物語になりました。

そんな物語を作った西野さんが、どうしてお笑いの世界で大成功していたところから、絵本を描くようになったのか。

私はそれに興味が出て、西野さんのブログを片っ端から読み漁り、「魔法のコンパス」を貪り読み、「革命のファンファーレ」を目を皿のようにして読みました。

結果、いつのまにか西野さんのファンになっていました。

そんな西野さんが発案したWebサービスの「レターポット」は、リリース前からものすごく楽しみにしていました。

ペイフォワード、恩贈りの世界。

それを「もしも僕らの言葉が有限(量的にも、時間的にも)だったなら」という素敵な仮説から表現された、レターポットの世界。

はじめに与える者、正直者は報われるという昔話を、現代に表現したかのような、その世界。

それが「レターポット」だと私は感じています。

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そんな素敵なサービスの「レターポット」ですが、私はこのポットの画面を見て頂いてもわかる通り、ライトユーザーの域を出ていないくらいのユーザーです。 

大切な方に、大切なときに、大切なメッセージを贈るときに使うくらいで、あまりその範囲を広げてこなかったのです。

まずは「レターポット」以外のところで、いろんな「与える」行動をしていれば、ユーザーが増えれば増えるほど、勝手にレターは集まってぬるものだと思っていたからです。

(そして「レターポット」は映画「えんとつ町のプペル」の公開とともに、加速度的にユーザーが増えると思っています)

そんなライトユーザーの私に、西野さんご本人から「誕生日レター」が届いたのです。

日付けが変わって、すぐに。

その日、私は早めに寝ていたために、気づいたのは朝でしたが・・・スマホを開いて、

「おおおぉぉ!?!?」

と変な声が出たのを覚えています。

朝、起きたら同じベッドの中でアンジェリーナ・ジョリーがまどろんでいたような、この現実感のなさ。

・・・いや、下手な例えですが、そんなくらいにビックリしました。

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さて、ここまでのお話は長い前振りです。

ここで終わってしまうと、「アンジェリーナ自慢」という痛々しい自慢になってしまいますので・・・

その日、西野さんご本人から誕生日レターが届いたという話を、私が目を輝かせて

「西野さんご本人から誕生日レターが届いたんだよ!あの忙しいのに、こんなライトユーザーまでフォローしてて、改めてあの人はスゲーよ、天才だよ」

と、鼻息荒く知人に話したところ、

「サービスに登録した時点で、そういうレターが届くシステムになってんじゃないの?そんな忙しい芸能人が、わざわざそんなことをするかね?」

と言われてしまいました。

私は結構それが衝撃で、

「あぁ、そうのも考えられるのか、そんな風に考える人も世の中には結構いるのかもしれないな」

と思ったのです。

実際のところ、西野さんご本人がわざわざ贈っているのか、それとも自動配信なのかは、分かりません。

けれど、それは私にとっては、どちらでもいいことです。

西野さんご本人がわざわざ贈っていると、「私は」思う。

それだけで十分なのです。

発売から随分経っているのに、いまだに書店のために「革命のファンファーレ」に手書きのサインを入れ続けている西野さん。

独演会のチケットを、ファンにTwitterでDMを送り一人ずつ手売りしてきた西野さん。

全国各地での講演会で直接ファンに声を届け、交流会で直接ファンの声を聴いてきた西野さん。

日々、自分に関するつぶやきをリツイートして宣伝している西野さん。

オンラインサロンに、惜しげもなくその天才的な頭の中身を毎日(!)投稿しておられる西野さん。

そんな西野さんの姿を追っていると、「ご本人が贈っている」としか私には思えないのです。

繰り返しますが、「実際に贈っているかどうか、真実はどうなのか」ということは、少なくとも私にとっては、あまり意味がありません。

実際に贈られているのか、システムで贈られているのかどうかなんて、どちらでもいいことです。

それよりも、実際に贈っているように、西野さんの日々の言動から「私が」感じられる方が重要なのです。

生き様を、魅せる。

これこそ、最上級のエンタメだと私は思うのです。

人は何かにつけて、「真実」や「答え」、「正しさ」を追い求め、自らの世界を窮屈にしてしまうことがあります。

しけし、世の中に絶対に確かなものなどはある意味で何もありません。

もしもあったとしたら、味気ない、決まり切った、つまらない世界になっていることでしょう。

そうした「正しさ」よりも、自分が「楽しく」生きられる世界観や価値観を選んだ方が、幸せに生きられると思うのです。

自分が、どんな世界観を選ぶのか。

それは自分が決めていいし、誰も強要していないし、自由に選べるのです。

西野さんの「誕生日レター」は、そんなことを改めて認識させてくれました。

少なくとも「私は」西野さんがウォルト・ディズニーを倒して、世界一のエンタメをつくることろを、一緒に観たいと思うのです。

西野さんのことですから、それは通過点にしてしまっているのかもしれませんが・・・

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今日は「レターポット」に寄せて綴ってみました。

そんな素敵なサービスの登録はこちらから。

letterpot.otogimachi.jp

これを生み出した西野さんの頭の中が覗けるオンラインサロンはこちらから。

salon.otogimachi.jp

そんなこんなですが、今日もお越しいただきましてありがとうございました。

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。