大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

「誰かのために」生きることと「まずは自分を愛する」ことは、矛盾しない。

よく「まずは自分を愛することが大切」と言われます。

それと「誰かのために」という視点は、相反するように見えますが、それは決して矛盾するものではありません。

1.「誰のために?」という問いかけ

先日の記事では、「ライフワーク」に重要な「誰のために?」という視点をお伝えしました。

あなたの歩く道は、誰を幸せにしますか。 - 大嵜直人のブログ

「ライフワーク」を「その人らしい生き方」と考えると、それは自分一人だけで歩くことはできません。

誰もが関係性のなかでこそ「自分らしさ」を発揮できるものですし、何より、誰かに「与える」ときにこそ、その人らしさが表れるものですから。

どうやって、与えるか。

どうやって、愛するか。

それを考えるのはとてもクリエイティブなことであり、人によってまさに千差万別の与え方、愛し方があるのでしょう。

そして、与え方、愛し方を考えるならば、相手に受けとってもらいやすい与え方、愛し方でないと意味がありません。

それは、相手を理解し、感情を推し量っていく必要があります。

「ライフワーク」は、一人では歩けない。

それは、心理的に見ると、「依存」や「自立」を越えて、成熟した「相互依存」的な心境が求められると見ることができます。

なんでも誰かにやってもらいたい、でもなく。

すべて自分一人でやる、でもなく。

誰かとともに。

あなたとともに。

そういった感覚が、「ライフワーク」を歩くためには大切なようです。

「あなたの歩く道は、誰を幸せにしますか」

先日の記事では、そんな問いかけをご紹介させていただきました。

2.「自分を愛する」こととの整合性は

この「誰か(何か)のために」というのが、「ライフワーク」あるいは「相互依存」を生きるときに重要になります。

…あれ、でも違和感がありますよね?

いつも、ここで「まず自分を愛する」「自分を満たす」ことの大切さを書いているのに、「自分以外のために」という、一見すると正反対のことを言っているわけですから。

この点について、今日は少し考えてみたいと思います。

ものごとの見方、捉え方、考え方は、人によって千差万別です。

そして、その見方や考え方が、その人にとって有効なタイミングの場合もあれば、そうでない場合もあります。

たとえば、「毎日30分くらいの有酸素運動は、健康にとてもいい」という考え方は、真実なのでしょう。

けれども、大病をして昨日手術したばかりの人にも、それが当てはまるかといえば、そうではないわけです。

まずはじっくりと静養して、身体を休めることが先決なのでしょう。

「毎日の有酸素運動」か、それとも「何もせずに静養」か、どちらが正しいか、というわけでもありません。

正反対の見方があるなかで、いまの自分にとって大切な方を選べるようになることが、大切なことです。

「そんなこと、当たり前じゃん」

と思われるかもしれませんが、往々にして私たちはその見方をごちゃごちゃにしてしまったりするものです。

特に、心の世界や、自分の扱い方においては。

3.「誰かのために」生きるとき、「自立」を手放せる

「誰かのために」生きることは、「自立」の状態でもできます。

ただ、「自立」の状態での「誰かのために」は、「犠牲」であったり、「取引」であったりします。

それは、一見すると「誰かのために」していることではありますが、その実、自分の無価値観を何とかしたかったり、リターンとして何かをもらいたかったりするものです。

もちろん、何度もここで書いている通り、たとえそうだったとしても、何ら自分を責めるには値しません。

それでも、誰かに与えたかった、ということを、自分が受け入れ、認めてあげることが大切です。

けれども、今日の記事の冒頭で書いた「誰かのために」とは、そういったものではありません。

言ってみれば、自己卑下からではなく、

「自分よりも、大切なものがある」

と素直に思える状態といえるでしょうか。

お子さんがいらっしゃる方は、よくわかる感覚かもしれません。

あるいは、芸術や神事に従事されている方も、そうかもしれません。

自己卑下から、自分以外のために生きようとすると、自分が満たされることはありません。

「あれだけやったのに」

「どうせ私のことなんて」

といった感情が芽生えたりするものです。

はい、誰にでもあることですよね笑

けれども、冒頭に書いた「ライフワーク」や「相互依存」で生きるときの「誰かのために」は、それ自体が自分の深い喜びを与えてくれます。

そういった「誰か」や「何か」のために生きるとき、「自立」を手放し、周りとともに歩けるようになるわけです。

自己卑下したり、自己否定した状態では、なかなか喜びのなかから「誰かのために」という視点を持つことが難しいものです。

だからこそ、「まずは自分を愛する」「自分を満たす」ということが、先に必要になってきます。

そのように考えていくと。「誰かのために」生きることと、「まずは自分を愛する」ことは、矛盾しないと思います。

 

今日は、「誰かのために生きること」と、「まずは自分を愛する」ことの関係について、お伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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