「減ってる、減ってんだって!」
息子が、そう興奮気味に話してくる。
減ってるというのは、昆虫ゼリーのことらしい。
昨年の夏に飼っていたクワガタたち。
クワガタには越冬する種と、そうでない種がある。オオクワガタ、ヒラタクワガタ、コクワガタは冬眠し冬を越すが、ノコギリクワガタとミヤマクワガタは越冬しない。ちなみにカブトムシも越冬できないので、ひと夏だけの命である。
昨年の夏に飼っていたヒラタクワガタと、スジブトヒラタクワガタ。
クワガタが越冬すると聞いた息子は、ぜひ冬を越させようと、飼育用の土をたっぷり入れて越冬環境を整えていた。
果たして、10月過ぎになると、2種類のクワガタは土の中から出てこなくなり、置いてあるエサの昆虫ゼリーもまったく減らなくなった。
姿が見えなくなると、死んでしまったのではないかと不安になる。
掘り起こしてみようかと息子と何度も相談したが、クワガタたちを信じて暖かくなるのを待つことにしてみた。
クワガタたちは、冬眠中でも飢えを感じると出てきて、ゼリーを食べることもあるらしい。なので、腐らない程度にゼリーは変えないといけないらしい。
まったく減っていないゼリーを、律義に交換しながら、生きているのか不安になる日々だった。
はじめに出てきたのは、ヒラタクワガタだった。
3月の終わりごろ、息子とゼリーを替えようと飼育ケースの蓋を開けたら、不意に出てきていた。びっくりして手を引っ込めたが、ヒラタクワガタは怒ってそのクワをもたげていた。
数か月ぶりの再会に、息子は興奮した。私も興奮した。
基本的には土の中にいるが、夜になると出てくるようで、ゼリーが減っている。私が夜更かししたりすると、カサカサと出てきてくれるのだ。半年近くも寝ていたのに、元気なものだ。
ところが、もう1種類のスジブトヒラタクワガタの方は、ウンともスンとも言わない。
片方が出てきて一か月が経ち、やがて二か月が経っても、音沙汰がない。
さすがにこれはダメだったか…とあきらめそうになりながら、ゼリーを交換する日が続いた。
それが、である。
そのスジブトヒラタクワガタの「ゼリーが減っていた」のである。
見間違いじゃないのか、と言いながら私も飼育ケースを覗くと、たしかに減っている。そして、その上を歩き回ったような汚れがあった。
うん、越冬したんだ。
半年以上ぶりの、スジブトヒラタクワガタの帰還に、息子はいたく喜んだ。
翌日の夜には、エサのゼリーに食らいついている姿を見せてくれて、息子はさらに喜んだ。
このスジブトヒラタクワガタはメスだ。カブトムシもクワガタも、メスは警戒心が強く、なかなか姿を見せてくれない。それでも出てくるということは、それだけ冬眠明けで空腹だったということだろうか。
その貴重な姿を見て、生命の神秘と奇跡を想った。
この小さい身体の、どこに何か月も絶食して冬を越すだけのエネルギーがあるのだろう。不思議で仕方がない。
すごいなぁ。
すごいなぁ。
いつになくサービス精神旺盛なスジブト子を眺めながら、息子とそう言い合う。
奇跡のような、帰還。
しかし、さも当たり前のような顔をしている息子。
やはり、奇跡は信じる者に訪れるのだろうか。
翌朝には、びっくりするくらいゼリーが減っていた。やはり、相当にお腹が空いていたのだろう。
それにしても。
冬眠とは、生命とは、なんと不思議なものだろう。
寒い冬をじっと耐えて待つ、その小さな身体を想う。
死んでいるのか、生きているのか分からないような状態でも、たしかにそこに生命があった。
それが、何とも不思議だった。
私が夜に書きものなどをしていると、かさかさとケースの中を歩く音がしたりして、勝手に親近感を覚えてしまう。
ふと手を止めて、飼育ケースを覗いてしまうのだ。
もう一年以上、スジ子のすみかになっている飼育ケース。年季が入ってきた。