大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

時には、昔の話を。 ~薫る風のなか、訪れた公園の思い出

桜の散り際になると、風の色が変わります。

徐々に移ろいゆくというよりも、ある時ふっと、変わっているという趣があります。

それはどこか、目覚めたら何かが変わっていたかのような、そんな変わり方のようです。

秋とはまた違った、生命力に満ちた清々しさ。

入れ替わるように、ツツジがその鮮やかな色を誇るように咲き始め。

実に、気持ちのいい時期になりました。

もちろん春らしく、崩れる天気になることも、多いのですけれどね。

 

4月の心地よい風の色は、どこか私に古い記憶を思い起こさせます。

18のころでしょうか。

実家を離れ、一人暮らしを始めたころでした。

引っ越しや諸々の手続きを終え、ようやく少し落ち着いた、週末の休みの日。

まだ下宿して間もなく、何かを一緒にする友人もいなかった私は、一人の時間を持て余していました。

下宿の周りを探索してみようと、家を出て散歩をすることにしました。

スマートフォンもなかった当時、地図もなく、ただあてもなく歩いていく時間でした。

どの道も、自分の知らない道。

一度も、通ったことのない道。

そんな道を通るのは、異邦人になったようでした。

川沿いをてくてくと歩いていくと、大きな緑地公園が見えたので、そこに寄ってみることにしました。

 

公園のなかには芝生の大きな広場があり、そこで多くの人が敷物をしいたり、ボール遊びをしたりして楽しんでいました。

少し歩き疲れた私は、その芝生に座ってペットボトルのお茶を飲んで、一息つきました。

その広場で遊ぶ人の声が、こだましていました。

時おり「ひゅう」と吹く風は、ここまで歩いてきた私を、やさしくねぎらうようでした。

桜の散ったあと。

その色を変えたようなその風は、不思議と私がいままで感じていた風とは、違うようでした。

いままでの春、私は、何を見ていたのだろう。

そんなことを、ぼんやりと考えていました。

新しい生活、新しい暮らし。

私は、どこへ行ったらいいのだろう。

どこへ、私は行くのだろう。

そんなことを、考えていました。

それは、春がはらんでいる、どこか根源的な不安定さと、無関係ではないような気もするのです。

変化と、孤独とが、入り混じったような、そんな不安。

だからこそ、その春が過ぎゆくときに、変わる風の色は、その風の薫りは、こんなにも心地よいのかもしれません。

 

結局、その公園を訪れたのは、その一度きりだったように思います。

けれども、風が薫りだす時期になると、なぜかその場所を思い出すことがあるのです。

何があったわけでも、ないのですが。

その場所は、私のなかの過ぎ行く春、そして薫る風の、思い出のようです。