感情を抑圧していると、さまざまな不都合が生じるものです。
この感情を抑圧することと、似て非なるものに、感情を我慢することがあります。
その違いについて、考えてみたいと思います。
1.「自立」と罪悪感
昨日の記事では、「自立」と罪悪感をテーマにお伝えしました。
「自立」にいると罪悪感を強く感じるから、自分を労わることが大切になる。 - 大嵜直人のブログ
私たちの心は、「依存」から「自立」、そして「相互依存」へと成長していきます。
そのなかで、「依存」の時代には無価値観、「自立」のステージでは罪悪感を抱きやすいものです。
「依存」とは、自分には何もできないから、誰かになんとかしてほしい状態。
それゆえ、何もできない自分には、何の価値もないんだ、という無価値観が常についてまわります。
一方で、「自立」とは、自分人でなんでもやろうとする状態です。
周りの人に要求することをやめて、自分だけでなんとかしようとするわけです。
それゆえ、自分のやり方やルールに強くこだわる傾向があり、周囲との衝突や葛藤が増えるのも、この「自立」の特徴です。
そんな「自立」ですが、自分ですべてやろうとするがゆえに、何か少しでもできないと、罪悪感を抱えやすくなります。
たとえば、ちょっと荷物を持ってもらったり、パートナーに少し家事を手伝ってもらったりすることにも、すごく抵抗を感じるわけですよね。
「自分がやれば、相手に負担をかけなくて済んだのに」
「自分がやらないせいで、相手に迷惑をかけている」
「自立」の人は、そんな風に罪悪感を感じる場面が多いものです。
すぐに自分を責めてしまうわけですよね。
昨日の記事では、「自立」の人に必要なのは、「よくそこまでこれましたね」という、それまでのがんばりを労う声がけである、というテーマをお伝えしました。
「自立」にいると、何か自分が問題の根源のような、そんな気になってしまうものです。
それを、自分を責めるのではなく、労うようにできると、少し「自立」の重荷も降ろしやすくなるのでしょう。
2.罪悪感があると、感情を抑圧しやすくなる
さて、今日はこの「自立」と罪悪感について、もう少し触れてみたいと思います。
どちらかというと、「自立」のトリセツみたいな感じになりそうなので、「ふーん、そうなのか」と読んでいただければと思います。
まず、「自立」の人は、感情を感じることが苦手です。
それは、「依存」の時代に、深く傷ついたりした経験や、満たされなかった経験があるから、感情を感じないようにするわけです。
だから、「自立」の人は、感情を「怒り」で抑え込んだりします。
何か感情を感じそうになると、「怒り」を出して、その感情にフタをしてしまうわけです。
なんでも自分でバリバリ仕事を進めていく人ほど、常に何かに対して怒っているようなイメージはありませんでしょうか。
「自立」的な人ほど、「怒り」を感じやすい。
それは、さまざまな感情を、「怒り」によって抑えているから、といえます。
さて、先ほど「自立」は罪悪感となかよしである、と書きました。
ちょっと表現は違いますが笑
この「罪悪感」があると、この感情を抑圧がさらに加速します。
そもそも、「罪悪感」とは、自分は悪いことをした人間であり、罰せられるべきである、という感情や観念を指します。
言ってみれば、罪人なわけですから、笑顔でいてはいけません。
満面の笑みでピースをしている罪人って、なんか想像できないですよね。
下を向いて、粛々と刑や罰を受けなくてはならないわけです。
「自立」にいると、罪悪感を抱えやすくなり、そして感情を抑圧しやすくなります。
感情は、私たちにはコントロールできないものです。
それを無理矢理に抑圧するわけですから、どこかしかに不都合や無理が生じてしまいます。
3.抑圧と我慢の違いについて
さて、この感情の抑圧について、もう少しくわしく見てみたいと思います。
感情を抑圧するとは、感じている(生じている)感情を、感じないようにして、文字通り「抑え込む」ことを指します。
イメージ的には、「そもそも、なかったことにする」ような感じでしょうか。
先ほどもお伝えしたように、感情は天気と同じように、私たちには何ともコントロールしがたいものですから、そこに無理が生じるわけです。
風船に、無理矢理に空気を吹き込み続けたら…
あるいは、お腹が痛いのに、トイレに行かずに無理していたら…
なんか、やばいことになりそうですよね笑
それが、感情を抑圧する、というイメージです。
一方で、似て非なるものに、感情を我慢する、というものがあります。
これは、感じている感情に、歯を食いしばって耐えているイメージです。
抑圧と違うのは、感情をなかったことにはせずに、それを感じているという点です。
わき出てくる感情を止めようせずに、その嵐の中で耐えている。
そんなイメージでしょうか。
我慢をすることは、決して悪いことではありません。
もちろん、ストレートに感情を感じることができれば、それが一番いいのでしょうけれども、そうはできないときって、ありますよね。
たとえば、電車の中で、思い出したように失恋の悲しみがわき出てきたとしても、その場でワンワン泣くことができなかったり。
(別に、泣いたって、いいんですけどね)
我慢は、感情を感じていないわけではないので、それを安全な場所で、感じ尽くしてあげることができます。
感情を抑圧することと、我慢することには、そんな違いがあります。
気をつけるべきなのは抑圧の方で、これはもう「最初からなかったことに」してしまうので、厄介なわけです。
感情を抑圧していると、どこかで不都合が生じるものです。
それを避けるためには、やはり自分の感じていることを無視せず、ちゃんと自分の声を聞いてあげることが必要なのでしょう。
今日は、感情を抑圧することと我慢することの違い、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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