忘れることは、「許し」のプロセスの一つの到達点です。
それが気にならなくなっている自分は、日々何をしているのか、そんなことイメージしてみるのも、「許し」のプロセスを進めるには有効です。
1.「軽さ」は罪悪感を寄せ付けない
昨日の記事では、「軽さ」は罪悪感を祓う、というテーマでお伝えしました。
「許し」へのステップ7 ~軽さが罪悪感を祓う - 大嵜直人のブログ
「許し」についてのテーマを続けております。
「許し」とは、相手やできごとを100%主体的に受け入れることを指します。
その大きな恩恵の一つに、罪悪感から自分を解放できることがあります。
罪悪感とは、罪の意識であり、自分は悪い人間だととらえる意識であり、それゆえに自分を罪人のように扱い、幸せから遠ざけるような選択や行動をとってしまいます。
こうした罪悪感を持つ原因には、さまざまなものがありますが、その一つに「相手を責める、攻撃する」というものがあります。
誰かを責めたりすると、私たちは罪悪感を抱きます。
たとえそれが、どれだけ正当な理由であったとしても、です。
法的に、感情的に、常識的に、どれだけ自分が正しかったとしても、相手を責めることで生まれる罪悪感からは、逃れられません。
だからこそ「許し」が必要なのであり、許すことによって、私たちは相手を責める罪悪感から解放されることができるのです。
さて、罪悪感が解放されると、「軽さ」として現れてくるものです。
罪悪感自体が「重さ」の象徴でもあるので、そこから解放されると「軽さ」が出てくるのは当たり前と言えば、当たり前なのかもしれません。
逆にいえば、軽やかでいることは、罪悪感を寄せ付けないものです。
昨日の記事では、そんな「軽さ」についてお伝えしました。
2.イメージを持つことの大切さ
こうした「軽さ」ですが、「許し」が進むと出てくるものでもありますが、逆にいえば「軽さ」をイメージすることで「許し」が進んでいくものです。
「許せた自分」をイメージすることで、実際に「許し」が進んでいく、といいますか。
スポーツのイメージトレーニングでも、「それができたときの自分」をイメージしたりしますよね。
逆上がりができた自分、とかね笑
先ほどの「軽さ」でいえば、軽やかでいられる自分をイメージすることで、「許し」のプロセスが進んだりもします。
イメージを持つことって、大切なんですよね。
ポジティブな意味では、「なりたい自分を具体的にイメージする」ということになりますよね。
その逆に、たとえ自分が何かの問題で悩み苦しんでいたとしても、
「この問題を解決できる自分は、どんな自分だろう?」
「この問題を解決したとき、どんな新しい自分に出会えるのだろう?」
と、そのネガティブな問題の先にある恩恵をイメージすることは、問題に悩む自分を照らす光になります。
人は、想像力の生きものである、といわれます。
時にイメージの力を借りるのも、「許し」のプロセスのなかでは有効なことです。
3.「許し」の最後は、忘れること
では、「許し」のプロセスが進むと、どんな自分になれるのでしょうか。
罪悪感が薄まることによって、軽やかさが出てくることは、先に書きました。
それ以外にも、「許し」のプロセスが進んだときのイメージがあります。
それが、「忘却」です。
忘れること。
あるいは、気にならなくなること。
それが、「許し」の一つの到達点といえます。
許せていないとき、私たちはそのことばかりを考えてしまいます。
「絶対に、あんなことをされたことを許せない」
「どうして、こんな理不尽なことが、自分の身に起こるのか」
24時間のなかで、そうしたことを考える時間が大半を占めてしまったりもします。
けれど、「許し」が進むほどに、そうした時間が短くなっていくんですよね。
「あ、そういえば、そんなこともあったな」
くらいに、それを忘れている時間の方が多くなっていきます。
気にならなくなる、忘れてしまっている。
それが、「許し」の一つの到達点といえます。
もし、あなたが何か「許せない」と感じることがあるようでしたら。
それが、気にならなくなる自分、あるいは、忘れてしまっている自分は、どんな自分なのかをイメージしてみることは、「許し」のプロセスを進めてくれるものです。
そのとき、あなたは何を考え、何に惹かれ、どんなことをしているのでしょうね。
それを想像してみては、いかがでしょうか。
今日は、「許し」の最後は忘却、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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