心の問題があったとして、それはただそうせざるを得なかっただけ、という視点を持ってあげることが、自分を愛することにつながります。
そこにいいも悪いも、ないんです。
1.問題の原因で自分を責めることなかれ
昨日の記事では、問題の原因で自分を責めることなかれ、というテーマでお伝えしました。
問題の原因がわかったとて、それで自分を責める必要はまったくない。 - 大嵜直人のブログ
心理学を学んだりしていくと、自分の心の癖が見えてきたりすることがあります。
私たちの心に起きやすい問題を知ると、「あぁ、これ、まさに自分のことだなぁ」と思ったり。
すると、いままで自分が抱えてきた苦しさやしんどさの原因が、見えてきたりもします。
たとえば、親との癒着だったり、すぐに犠牲することだったり、自分よりも他人を優先することだったり。
たとえば身体の不調でもそうなのですが、原因がわかったり、あるいはそれに名前がつくと、私たちはそれで安心します。
「あぁ、これは胃腸風邪ですね」とか診断されると、ちょっと安心しますよね。
心のしんどさや辛さもまた、その原因というか、その説明がつくと、ほっとします。
かつての私も、「なんで、こんなに日々しんどいんだろう。がんばればがんばるほど、アリジゴクに落ちていくようにどんどんしんどくなる…」と感じていました。
それが、あるきっかけからカウンセリングを受けて、結局は両親との死別をちゃんと消化しきれていない、というところに行き着いたとき、どこかほっとしたものです。
あぁ、そうなんだなぁ、と。
ただ、その問題の原因がわかったとして、それで自分を責める必要はまったくない、というのが昨日のテーマでした。
「こんな原因があるから、自分はダメなんだ…」といったように、その問題の原因を理由にして、自分責めをしてしまうのは、ますますしんどくなるだけです。
その原因があることが悪いわけでもなんでもなく、ただ、いままでそうせざるを得なかった、というだけのことなのでしょう。
2.「そうしないと生きてこれなかった」
こうした問題の原因というのは、その人のアイデンティティや生き方、あるいは生まれ育った環境などに、深く関係します。
それを否定する必要もなく、責める必要もないというのは、なおさらそうなんですよね。
だって、名古屋で生ま育ったら、おでんには味噌をつけるじゃないですか。
大阪で生まれ育ったら、ボケにはつっこまないといけないじゃないですか。
もっといえば、日本で生まれ育ったら、日本語を話すじゃないですか。
そうしたことを、「おでんにはカラシ一択。味噌なんて邪道」とか否定されても、「いや、そんなこと言われても…」としか、言いようがないですよね。
心の問題もまた、「それはおかしい」とか、「それはよくない」とか、そういった基準で判断すべきことではないのです。
まして、自分が自分自身に対して、そのように否定することは、しなくてもいいんです。
ただ、そうせざるを得なかった、といういままで生き方を肯定してあげることが、大切なことではないかと思うのです。
3.自分だけは、自分の味方でいてあげる
その問題の原因を、いろんな人がいろんな判断をするかもしれません。
時には、自分にとって近しい人が、その原因を悪いことだと決めつけてくることも、あるかもしれません。
けれど、自分だけは、自分自身の生き方を否定しないでいてほしいんです。
使い古された言葉かもしれませんが、自分だけは、自分の味方でいてあげる。
それが、とても大切なことです。
カウンセリングでも、お伝えしているのは、結局それだけだったりします。
自分が自分を否定しないでいてあげる。
どんな問題を持っていても、どんな生き方をしてきたとしても。
それは、そうせざるを得なかっただけなのでしょうから。
そして、自分が自分の味方でいてあげることができると、私たちはそれを周りに「投影」していきます。
自分の味方になってくれる人、自分を肯定してくれる人が、自分の周りで目につくようになっていくんですよね。とても不思議なのですが。
自分だけは、自分の味方でいてあげること。
どんなときでも、大切にしたいことです。

今日は、心の問題も、ただそうせざるを得なかっただけ、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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