「嫉妬」はイヤな感情ですが、自分がほんとうにほしいもの、そして手に入るものを教えてくれる正確無比なコンパスでもあります。
だからこそ、「嫉妬」をなくそうとしたり、感じないようにしたりするのではなく、その見方を変えることをおすすめします。
名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。
1.嫉妬は「誕生」のための場にできる
嫉妬は、数かぎりない感情のなかでも最悪の感情のひとつです。
強い嫉妬を感じているとき、私たちの脳波にはかんしゃくのパターンがあらわれます。
ところがこの脳波は、もっとも創造的な状態に変えることができるのです。
嫉妬を感じながらでも、それを乗り越えて与えていくことができます。
するといままで停滞していたところが変化しはじめ、未来にむかってより高い意識や愛へと飛翔するための足がかりになります。
執着やニーズをあとに残して「誕生」を経験していくと、無償の愛の真の意味がわかってくることでしょう。
そして、あなた自身にとっても、まったく新しいレベルの愛が生まれます。
だれにもあなたの愛をとめることはできません。
「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.333
2.「嫉妬」の心理
今日のテーマは、「嫉妬」でしょうか。
はい、イヤですねぇ…されるのも、するのも…けれども、その「嫉妬」の裏には、どんな心理があるのかを見てみたいと思います。
「嫉妬」とかんしゃくの相似
「嫉妬」の感情とは、イヤなものですよね、ほんと…
できればご遠慮願いたいものですが、しかしこの「嫉妬」の感情は、さまざまなことを私たちに示唆してくれます。
まずは、今日の引用文にある「かんしゃくの脳波のパターンと同じ」というのが、非常に納得させられますよね。
ムシャクシャして、もう地団駄を踏むような、かんしゃくの気持ち。
それと「嫉妬」は似ている、と。
「嫉妬」もかんしゃくも、最悪な気分といえます。
しかし、ここで考えてみたいのは、私たちはどんなときにかんしゃくを起こすのか、です。
小さな子どもを考えてみると分かりやすいのですが、一つには「ほしかったものが手に入らなかったとき」があります。
たとえば、私にも記憶があるのですが、息子が小さかったころ、近くの博物館の恐竜展に連れて行ったのですね。
展示されている、大きなティラノサウルスの骨格や、トリケラトプスの模型を見ても、「わぁ、すごい」という反応でした。
しかし、ああいう特別展は、かならず出口の前に「おみやげコーナー」があるのですよね。
あれ、うまくできていますよね、ほんと…
そこでトリケラトプスの骨格のプラモデルを見たとたんに、火が付いたようにぐずるわけです。
「買ってほしい!」と。
息子は、分かっているわけですよね。
展示されている巨大なティラノサウルスは、どうあがいたって持って帰れない。
しかし、おみやげコーナーのプラモデルは、父が「OK」を出しさえすれば、手に入れることができる。
そのことを知っているからこそ、かんしゃくを起こすわけです。
要は、私たちは手に入ることがわかっているのに、手に入らないときに、激しいかんしゃくを起こすわけです。
このことは、非常に示唆的です。
もし、かんしゃくと「嫉妬」が近い場所にあるのならば。
私たちは「手に入ることがわかっているのに、手に入らない」ときに「嫉妬」すると見ることができます。
誰にではなく、どんな部分に「嫉妬」を感じるのか?
自分が何かに「嫉妬」する場合。
多くの場合、誰かに対して「嫉妬」することのですが、これを少し解像度を上げてみると、見えてくるものがあります。
その人の、どんな部分に「嫉妬」を感じるのか。
言葉遣いなのか、仕事の進め方なのか、周りからの信頼なのか、カリスマ性なのか、エネルギッシュな感じなのか…
どういった部分に、自分が「嫉妬」を感じるのか。
同じ年齢で同じ仕事をしている人がいたとしても、ある人には何も感じないけれど、もう一方の人にはすごく「嫉妬」するということは、普通にあるかと思います。
その場合、年齢や仕事の種類は、「嫉妬」の対象ではない。
「嫉妬」を感じるのは、それ以外の部分にあるのでしょう。
自分は、誰に「嫉妬」を感じるのか。
その誰かの、どの要素、部分、魅力に、「嫉妬」を感じるのか。
それを、言語化してみると、「嫉妬」の正体が見えてきます。
「嫉妬」の感情と向き合うのは、とてもイヤなものですが、こうした角度から考えてみると、少し違って向き合うことができるかもしれません。
自分が「嫉妬」を感じる部分、要素、魅力。
それは、実は自分が「ほんとうに欲しいもの」であり、「手に入れられると知っているもの」です。
トリケラトプスのフィギュアを前にかんしゃくを起こす、息子のように。
「嫉妬」とは、自分の本来の魅力や才能を教えてくれる、非常に正確なコンパスのようなものといえます。
これが、今日の引用文のタイトルである「嫉妬は『誕生』のための場にできる」の一つの意味だと思います。
それでも、イヤなものはイヤなんですけれどね笑
3.「嫉妬」をなくそうとせず、見方を変えること
「嫉妬」はイヤなもので、誰もが見なかったことにしたい感情です。
また、それを感じるのはみっともないとか、そういった意識も働きます。
はい、私もそうですから、よく分かります笑
けれども、人の意識というのは天邪鬼なもので、見ないでいよう、感じてはいけない、と思えば思うほど、そこに意識がフォーカスしてしまいます。
「絶対に、ピンク色のライオンのことを考えないでくださいね!」
そう言われると、必ず脳内にピンク色のライオンが、のさのさと歩き出すように。
なくそうとするのではなく、感じないようにするのではなく。
それは自然な感情だと、「嫉妬」があることを許すこと。
そして、「嫉妬」はかんしゃくと同じように、自分のほんとうにほしいものを教えてくれるコンパスでもある、と見ること。
「あぁ、嫉妬しちゃうなぁ…」
「でも、嫉妬するってことは、それだけ欲しいってことだよね」
「そして、必ず手に入るから、嫉妬しちゃうんだよね」
と思えたら、しめたものです。
なくすのではなく、感じないようにするのでもなく。
「嫉妬」と、ともにある。
そして、「嫉妬」を感じることの恩恵に、フォーカスしていく。
そうすると、「嫉妬」とうまくつきあっていけるようになると思います。
それはまた、いつも私がカウンセリングで「問題」を見るときに、大切にしている見方でもあります。
今日は、「嫉妬」の心理とともに、その付き合い方をお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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