2019年の二日目。
年が明けるというのは、世の中の雰囲気がそうなるのか、気分が一新される。
御多分に洩れず、年が明けると私も今年の抱負とか、新年の目標とか、そのようなことを考えるのだけれど(昨日も「ブログ・ポリシー」を設定してみたりもした)、
ほんとのところは、毎日が新しい一日で、二度と戻ってこない一日なんだよな、とも思う。
それを自覚して生きられたら、これほど尊いことはないのだけれど、悲しいかな人間の最も偉大な能力の一つである「慣れ」に抗うことは、ほんとに難しい。
2,500年ほど前にお釈迦様が仰った言葉をもとにした仏教が、よく「自覚の宗教」といわれるように、大切なことは何度も何度も自覚しないと、日々の雑多なことのなかに埋もれてしまうようだ。
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さて、しばらくサボっていたランニングを、大晦日からまた再開している。
以前ほどストイックに走るつもりもないが、心地良い程度に走り続けたい。
今日は、新春らしい抜けるような青空が広がっていた。
義実家のまわりなのだが、やはりこういう広い場所を走るのは気持ちがいい。
近所の神社もランニングコース。
小さいのだが、流れる空気が気持ちいい神社。
鳥居に刻まれた年月を見ていると、明治期に建立されたようだ。
少し走ると、海岸にたどり着く。
冬の誰もいない海岸を黙々と走る。
聴こえてくるのは、波の音と海猫の声。
ふと振り返り、自分の足跡を眺める。
孤独な減量ボクサーのようだと浸り、一人悦に入る。
男はやっぱり、特訓して訓練して練習してヒーローになりたい生き物なのだ。
犬か猫か狸か分からないが動物の足あとと、自分の足あと。
眺めていて飽きない。
昨日一昨日とこの砂浜を走っていたら、ふくらはぎと腹筋が筋肉痛になった。
久しぶりの筋肉痛も、心地いい。
筋肉痛が心地いいのは、マゾ心が刺激されているように思う。
世の男性の多くが筋トレを好むのも、このあたりと関係しているように思う。
使わない筋肉は、落ちる。
やらなければ、衰えていくだけ。
筋肉痛に、それを実感する正月。
だからといって、我慢したり犠牲したり無理しても、長く続かない。
息を吸って吐くようにできることを見つけ、周りと比較せず踊らされず淡々と続ける。
ということで、今年も書き続けようと思う。