過去の自分を、いまの基準で判断しようとすると、どうしても責めたくなります。
「そのときの自分は、そうするほかなった」と考える方が、自分にやさしくいられるのでしょう。
1.与えようとしたことに価値がある
昨日は、与えようとしたことに価値がある、というテーマでお伝えしました。
与えることがうまくいかなくても、与えようとしたことに大きな価値がある。 - 大嵜直人のブログ
まず自分を満たしましょう、とはよく言われることです。
自分が渇いていたり、満たされていないのに、相手に与えようとしてしまうと、自分にとっても相手にとっても、あまりいい結果にはなりません。
自分が満たされていないでは、大怪我しているのに相手に手を差し出そうとするような状態になってしまい、相手は受けとることに罪悪感を抱いてしまいます。
相手が受けとってくれないと、「せっかく与えてあげたのに…」と自分自身も枯れていってしまいます。
そうすると、「もう疲れちゃったよ…」とばかりに、与えることをやめてしまいたくなります。
こうなると、自分にとっても相手にとっても、あまりいい状態ではないですよね。
そうならないためにも、まず自分を満たすことが、何よりも大切なことです。
自分が満たされてこそ、相手に与えることができます。
ただ、傷ついた状態で与えようとしたことが、間違いなどでは決してありません。
それでも、与えようとしたことに、価値があるのです。
罪悪感や犠牲にフォーカスするよりも、そちらの愛の部分にフォーカスした方がいい、というのが昨日のテーマでした。
2.過去の自分を、「いま」の基準で裁かない
これは、「与える」ことに限らず、もっと広い意味でとらえてもいいと思います。
すなわち、過去の自分の言動だったり、結果だったりを、「いまの自分」の基準で裁かない方がいい、という視点です。
誰にとっても、「こうしておけばよかった」とか、「あんなこと言わなければよかった」とか、後悔する過去があったりします。
そりゃ、生きてればありますよね笑
そう思ってしまうのは仕方のないことですが、それが過去の自分を責めたり、「間違っていた」と非難したりするのは、ちょっと行きすぎで、自分いじめになってしまいます。
日々、自分というものは変わりますし、日々成長します。
成長した自分が、過去の自分を振り返ってダメ出しをするのは、後出しジャンケンのようなもので、容易に自分責めになってしまいます。
きっと、そのときの自分は、そのとき得られる情報で、精一杯の選択をしたのです。
それを後から「もっと頑張れたはずだ」と責めるのは、あまりに一方的ではないでしょうか。
3.そうするほか、なかっただけ
結局、そのときの自分は、そうするほかなかったのでしょう。
後からは、いろいろ言えるかもしれません。
けれども、そのときの自分には、それがベストの選択だった。
そこに、いいも悪いもない。
そう考えた方が、自分に対してやさしくなれるものです。
自分にやさしくできると、それを周りに投影します。
すなわち、周りにもやさしくできるようになるんですよね。
必要以上に相手を責めることが少なくなっていきますし、相手を受け入れることができるようになります。
過去の自分を、いまの自分の基準で裁かないこと。
それは、周りの大切な人たちにとっても、大きな贈り物になるのです。

今日は、過去の自分を、「いま」の自分の基準で裁かないこと、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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