相手を「許せない」と感じるとき、それは自分自身の観念やルールがおびやかされているときです。
そして、そこには過去に痛みが関係しているのです。
1.「許せない人」が教えてくれるもの
先日は、「許せない人」が教えてくれるもの、というテーマでお伝えしました。
「許せない人」は、自分の中にある「許せない要素」を教えてくれるだけ。 - 大嵜直人のブログ
「許し」をテーマにしたお話の流れからですね。
「許せない人」、いますでしょうか。
いるとしたら、どんな相手でしょうか。
ひどいケンカ別れになった友人、「好きな人ができた」と自分のもとを去った恋人、過干渉で自由を与えてくれなかった母親…
人それぞれに、「許せない人」というのはいるものです。
こうした「あの人は許せない」、「あの人は大嫌い」という人は、その人の持っている何らかの要素だったり、その言動を嫌っているものです。
そして、それは誰にとっても同じではなく、自分にとって許せないものなんですよね。
こうした「許せない人」たちは、私たち自身がどんなことを許せないのか?を、教えてくれている存在と見ることができます。
ちょっとイヤな表現かもしれませんが、「あえて嫌われ役をしてくれている」というような、そんな役回りでしょうか。
そして、その「許せない」と感じる要素は自分の中にもあって、それを許せていないから、と見ることができます。
そうすると、その「許せない人」をどうこうするよりも、自分自身を許していくことが、何よりも大切なことになります。
「許せない人」は、自分のなかにある許せない要素を教えてくれている、というのが先日の記事のテーマでした。
2.自分にとって当たり前に感じること
さて、こうした「許せない」と感じる要素は、私たち自身の過去の痛みと関係している、というのが今日のテーマです。
これ、厄介なのが、自分のことになるとそうは思えず、「常識的に考えて」「あの人が悪いから」といった形でごまかされることが多いんですよね。
ごまかされる、というのは、「誰にとっても、そうでしょ?」という感覚です。
そう感じてしまうと、それが自分自身の問題と捉えるのが難しくなります。
だって、それが「当たり前」なんですから。
アポイントのとき、10分前には着いておくのが当たり前。
パートナーに対しては、誠実でいないといけない。
相手に対して嘘をついてはいけない。
…などなど、「〇〇すべき」とか、その逆の「〇〇してはいけない」といったような、そう感じる部分は、要注意ですよね。
それが当たり前に感じれば感じるほど、その観念は強い、ということだからです。
信じられないかもしれませんが、1時間までの遅刻は遅刻じゃないと考える人もいますし、別に相手がそうでも気にならない人もいます。
誠実じゃなくて、嘘八百ばかりついている恋人と、パートナーシップを築いている人もいるでしょう。
「嘘も方便」ではないですが、時には相手を傷つけないための嘘、というのもあるのでしょう。
それが正しいかどうかは、さして問題ではありません。
問題は、「なぜ自分がそれを当たり前だと思い、そこからはみ出すと嫌悪感を覚えたり、許せないと感じたりするのか?」という点です。
3.「許せない」のは、過去の痛みが関係している
なぜ、自分はそこを逸脱すると、強い嫌悪感を覚えるのか。
なぜ、それをされると許せないのか。
そこには、自分の過去の痛みが関係していることが多いものです。
「嘘をついてはいけない」という観念の裏には、過去に自分が相手に嘘をつかれて傷ついた経験や、自分が嘘をついて痛い目に遭った経験の痛みが、絡んでいます。
「もう二度と、あんな痛い思いはしたくない」
その経験が痛ければ痛いほど、私たちはそれを避けようと、何らかのルールを設けて、自分を縛るのです。
そして、そのルールを破っている人を見ると、「なんだ、あの人だけ」と、許せないと感じるのです。
だから、昨日の記事からの繰り返しになりますが、その許せない相手をどうこうしようとしても、あまり意味はありません。
たとえその相手をどうにかできても、また新しい「逸脱者」が現れるだけです。
やはり、自分、なんですよね。
その「許せない人」が教えてくれた、自分自身のルールや観念、そしてその裏側にある痛み。
そこと向き合い、癒していくことができると、「許せない」という感覚もまた変わっていくのです。
すべては自分、なんですよね。

今日は、「許せない」と感じるのは、過去の痛みが関係している、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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