「……うぅ…」
「もしもし?」
「…うぅ…」
「もしもーし、どうしたんですか?調子悪いんですか?」
「いや…鬼のような二日酔いで…」
「何だ、心配して損した。〇ねばいいのに」
「いや…二日酔いの辛さは、いっそ〇んだ方が楽になるような気がする…って、それはそうなんだけど、心配してくれよ。名誉の二日酔いなんだから」
「は?名誉?」
「いや、昨日、というか今朝まで、お客さんに付き合わされて」
「ふーん」
「営業としては、大事な仕事だろ?だから名誉だよ…」
「へぇ…そんな安土桃山時代の文化みたいなのが、まだ残ってるんですねぇ」
「いや、安土桃山時代には飲みニケーションはなかったと思うが…それでも、好きな人は好きだからなぁ。特にウチの業界は、好きなお客さん多いよ」
「ふーん…そうやって、途方もないお金と時間をかけて、どうでもいい会話と大量のおしっこをつくるのが仕事と言い切る…うむぅ…仕事とはいったい…」
「いや、そんな露骨に言わなくても…」
「なんでそんなに夜更かししてまで飲むんですかね?」
「なんでだろうな?…けど、飲んでて楽しいと、時間忘れるじゃん?」
「いやー、ないですね。アタシ、最低10時間は寝ないとダメなんで」
「10時間って…幼稚園児みたいだな…それにしても、2時くらいはまだまだイケる!と思うんだけどな…4時を回った時の、『あ、やっちゃった、コレ』感は半端ないよなぁ。なんなんだろな、あの2時間の差は」
「知らないですよ、そんなの」
「ほら、夏とかだと、店を出たとき、すでに日が昇ってたりしてさ。黄色いんだよな、朝まで飲んだ時の太陽の色って…明らかに身体に悪いというか」
「ふーん。アタシは一生見ない色ですね」
「それにしても、いつも思うけど、ほんとそういうお客さんって、タフなんだよ」
「へぇ」
「もういい歳なのに、いつもそんな時間まで飲んで、全然眠そうにしてないもんなぁ」
「まあ、慣れてるんでしょうね」
「慣れだけかなぁ…」
「慣れですよ、漁師さんとかと同じですよ」
「漁師…たしかに。でも、こちとら翌日は確実に潰れるから、そういうタフな人は羨ましいよね」
「いや…あんまり羨ましくないです」
「そうかなぁ。もっとあんなふうにタフになりたいなぁ…」
「そうかもしれないですけど、『タフさ』ってのも、いろいろあっていいと思いますよ」
「いろいろ?」
「そうそう。別にローマかどっかの剣闘士みたいなタフさもあれば、お酒がバカみたいに強いみたいのもあるかもしれないし、そうじゃなくて早寝早起きをちゃんと続けるってのも、タフさかもしれない」
「早寝早起きがタフ、かぁ…たしかに、いろんなタフさがあるな」
「まあ、自分に合ってる生活を続けられるってのが、一番タフな人だって言えるかもしれないですね」
「まあ、それはそうかもしれない」
「無理しても続かないですし」
「たしかになぁ」
「そう考えると、自分のことを知っている人ってのが、タフな人って言えるのかもしれない」
「うーん、それが一番難しいんだよなぁ…」
「まあ、見ててタフだな、とは思いますよ」
「ん、俺のこと?そうなのか。たとえば?」
「ええ、部長のあんな理不尽な説教に嫌な顔一つせず、顧客の無茶振りには喜んで応えて…」
「そう?もっと褒めてもいいよ」
「いや、タフっていうより、ドMなだけかも…」
「…褒められてない気がするぞ」