その日は墓参りに行く予定にしていた。
息子と娘はついてくるとは言っていたが、当日になると「遠い、めんどくさい」とぐずぐずと言い出す。
私は朝から少し感傷的になっていたのだろう。
「だったら最初からそう言え。予定決めた後でごちゃごちゃ言うな」と怒ってしまう。
出がけから険悪なムード。
息子ぐらいの年だったら、墓参りよりも楽しい遊びをしていたいだろう。
そりゃ、そうだ。
私自身は、どうだったのだろう。
そんなことを思い返しながらの、行きの道中だった。
思っていたよりも、道は混んでいた。
いつもの感じだと、もう少し空いているような気もするのだが、感染症対策により例年とは少し違う年末年始なのかもしれない。
少し時間はかかったが、正月用の花を買って目的地に着いた。
子どもの頃に、よく訪れた公園を脇に見ながら。
いろんな思い出が去来する。
ようやく着いたお寺の境内を走り回る息子と娘。
今年は、除夜の鐘を撞かないところも多いと聞く。
少し風が冷たかったが、それでも師走にしては暖かいような気がする。
ブツブツと言っていた息子も、来てしまえば真面目に墓を磨いてくれた。
「なあなあ、おとうのおとうも、ここで生まれたの?」
「ああ、そうだよ。おとうのおかあも、そうだよ」
「ふーん。そのおとうは?」
「おとうのおとうのおとう…ややこしいな、おとうのおじい、きみからするとひいおじいになるのか…そのおじいも、ここで生まれたと聞いたような気がするな。ここの近くで、町工場をやってた」
「こうば?」
「ああ、鉄工所。たしか、航空機か何かの精密部品をつくってたって聞いたな。下町ロケット、そのままだな」
「したまちロケット?」
「ああ、飛行機の部品を加工してたそうだ。腕はよかったらしい。聞いた話だから、分からんけど」
「ふーん。おかあは?」
「おとうのおばあか?おばあは、奈良県の生まれだって聞いたな」
「なら?遠いなぁ。なんでここに来たの?」
「なんでだろう?聞いたことなかったな。あの時代のことだから、戦争もあっただろうしな」
「せんそう?なにじだいなの?」
「おとうのおじいは大正の生まれだったかな…?もう少しさかのぼると、すぐに明治、江戸時代だな」
「えど?ほんとに?」
「あぁ、そう考えると、すごいよな…そんで、おとうのおじいのおじさんか、親類の誰かが、日露戦争で亡くなったって聞いた」
「ふーん」
「そのうちの一人でもいなかったりしたら、おとうもきみも、ここにいないわけだからなぁ。そう考えると、すごいよな」
ふと見ると、息子はすでに聞いておらず、娘が見つけたミミズを気持ち悪がって遊んでいた。
私は、誰に話していたのだろう。
いや、息子は私に、その最後の言葉を言わせたかったのだろう。
私が、私自身に。
紡がれて、いま。
見上げれば、帯のような雲が広がっていた。
「うわ、動いた、キモッ」
冬にしては、大きなサイズのミミズと戯れている息子と娘。
「そろそろロウソクと線香に火をつけようか」
私は仏花を飾りながら、そう口にした。
正月用の松の枝が、風に揺れていた。