大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

卯月の熱田さん、水のある風景。

4月、清明のころ。

熱田神宮を参拝することができました。

春らしく、ころころと変わる天気のようで、この日は朝からぽつりぽつりと雨粒が落ちる日でした。

桜が咲いたり、心地よい陽気になる時期ですが、必ずこんな風に天候が不安定になるタイミングがありますよね。

それもまた、春らしさの一つでしょうか。

駐車場に着いたときには、幸いにも小降りになっていました。

霧雨に煙る正門の大鳥居は、幻想的でした。

見上げれば、分厚い雲が空を覆っていました。

この天気のせいか、参道の人通りも少なく。

静かに、雨に濡れた玉砂利の上を歩いていました。

雨、水、そして雲。

水のある風景を眺めていると、以前に聞いた「雲」という漢字の成り立ちを思い出します。

「雲」の漢字のなかの「云」というつくりの部分は、「循環」を表すそうです。

雨の循環が「雲」。

同じように、芽吹きの循環が「芸」。

鬼の循環が「魂」。

いろんな循環、めぐりを表す漢字があります。

雲、雨、水。

川、海、そして雲。

水は、いつも私たちの周りをめぐっています。

水だけが、すべてを知っている。

そんな言葉を、思い出します。

上知我麻神社の境内。

水たまりが、できていました。

子どものころ、長靴を履いて、水たまりをバシャバシャと踏んでいたのを思い出します。

長靴も、大きくなると履かなくなるものですが、久しぶりに履いてバシャバシャとしてみたくなりました。

とはいえ、革靴でしたのでできませんでしたが笑

太郎庵椿も、まだ咲いている花がありました。

心なしか、寒い冬の時期に見た花よりも、少し色が濃くなったような気もします。

雨に濡れる、桃色の椿。

実に美しいものです。

しばし、その色と形に、見惚れておりました。

雨の参道は、とても静かな時間が流れていました。

一歩、また一歩と歩く足音が、とても心地よく。

すぐ外に出れば、都会の喧騒があるなかで、境内は別の時間が流れているようです。

今日は、水のある風景だけに、またいつもと違って見えました。