執着を手放していくとき、そのプロセスで手放すのは、執着している相手とともに、自立でもあります。
相手をコントロールしたい欲を手放していくことで、手放しは進んでいくのです。
1.「手放し」のプロセスででてくる感覚
昨日の記事では、「手放し」のプロセスででてくる感覚、というテーマでお伝えしました。
私たちは、人に限らず、実にさまざまな対象に執着してしまうものです。
そして、執着していると、選択肢が無いと感じるゆえに、苦しさを感じます。
「この人しかいない」
「お金がなければ、なにもできない」
といったように。
こうした執着を癒してくれるのが、「手放し」です。
文字通り、執着して握りしめた手をそっと放すように、その対象との距離を適切に空けていくことを指します。
しかし、「手放し」は一朝一夕でできるものでもなく、時にそのプロセスは時間がかかるものです。
「手放し」のプロセスのなかでは、「やることがなくなった」「手持ち無沙汰になった」「夜が長く感じる」といった感覚が出てくることがあります。
これは、プロセスが順調に進んでいる証拠であり、執着していた対象と心理的に距離を空けることができたからこそ、感じるものでもあります。
だから、その感覚が出てきたときは、無理してそこに何かを埋めようとせず、からっぽでいることが大切、というのが昨日のテーマでした。
2.手放すのは、自立でもある
さて、こうしたプロセスのなかで手放すのは、執着している対象でもありますが、同時に「自立」を手放すプロセスでもあります。
そもそも、執着とは、その対象を自分の思い通りにコントロールしたいという欲でもあります。
彼女に、自分の望んだように愛してもらいたい。
この会社に、自分の力を認めてもらいたい。
お金を、自分の思い通りに使いたい。
そうした欲が、執着となるわけですよね。
そして、相手が思い通りにコントロールできないと、ますます執着がきつくなります。
この相手やものごとを、自分の思った通りにコントロールしたいというのは、自立の人の特徴的なものです。
自立とは、依存の次にやってくるステージであり、それは依存時代に傷ついた分、その反動でするものです。
もう傷つきたくないがゆえに、相手やものごとを、自分の思い通りにコントールしようとします。
自分が傷つかないように、予防線を張るわけですし、自分のコントロールできる範囲の外にあるものを、極端に怖れるわけです。
しかし、すべてをコントロールしようとしてもできないものです。
特に、相手の気持ちとかは、そうですよね。
自立するほどに、そのギャップが苦しくなります。
3.コントロールを手放す、ということ
「手放し」のプロセスは、こうしたコントロールを手放していくことでもあります。
よく、「手放し」のイメージとして、籠のなかに入っている小鳥を、空に解き放つ、といったものがあります。
籠は、自立のコントロールの象徴ですね。
その中に閉じ込めていた小鳥を、
「いままで、ありがとう」
「もうあなたは、自由です」
「どこへ行ってもいいし、どこへでも行ける」
そう言って手放していくことが、「手放し」なのでしょう。
コントロールを手放す以上、その先に何があるのかは、分かりません。
それは、自分にも、また相手にも。
その小鳥が大空へ飛び立っていってしまうこともあれば、ふとまた戻ってくることも、あるかもしれません。
それは、手放した先でしか、分からないことです。
ただ、その小鳥に自由を与えることは、自分自身にも与えることでもあります。
「いままで、ありがとう」
「もうあなたは、自由です」
「あなたはどこへ行ってもいいし、どこへでも行ける」
その言葉は、執着していた相手と同時に、自分に対して与える言葉でもあります。
手放すのは、相手でもあり、また自分でもあるのです。

今日は、執着を手放すとき、自立もまた手放していく、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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