新緑の色を詰め込んだような風が薫る、五月。
ようやく寒さを気にかけることも少なくなり、そして日中の陽射しに夏の太陽の薫りを感じ始める、一年で最も心地の良い気候の時期。
伝統の春の天皇賞は、そんな時期の淀で行われる。
かつて、ジャガーメイルが勝った天皇賞を現地で観戦したことがあったが。
今年と同じようにゴールデンウィークの真っ只中で行われたこともあり、帰りの高速道路で大渋滞に嵌ってしまったことを思いだす。
淀の駐車場を出てからの一般道で往生し、ようやく京都南インターに乗ったと思ったら、ピクリとも動かない。
いつもどおりスッカラカンのオケラ街道の帰り道、同行した友人と辟易しながら帰ったのだが、無観客競馬が続くいまのご時世を考えると、それも贅沢極まりないものだったと思う。
それでも、無観客とはいえ、伝統の春の盾が、今年も実施されることに感謝したい。
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GⅠには、GⅠの「格」があると思っている。
GⅡやGⅢで連勝を重ねて、GⅠで人気になって惨敗、というケースをたくさんいるが、それはやはり「格」が足りない、ということの証左のように思う。
もちろん、時にGⅠでも、あっと驚くような大番狂わせが起こるが、そういったときの勝ち馬は、後から見れば過小評価であった場合か、もしくは「格」を越すよう程の有利な要素(枠、展開、馬場、コース適性、血統、あるいは騎手の好騎乗、厩舎の仕上げなど)が働いたときだ。
だからこそ、頂上決戦であるGⅠは面白い。
この馬には、勝者となる「格」はあるのか。
それとも、「格」を越える要素が、存在するのか。
その問いかけは、GⅠレースの醍醐味とも言える。
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火災に見舞われた故郷に春を告げたエリモジョージ。
貴公子・テンポイントの初戴冠。
イナリワンから始まる武豊騎手、春の盾4連覇。
トウカイテイオーを歯牙にもかけなかったメジロマックイーン。
淀に咲き、淀に散った黒きステイヤー、ライスシャワー。
復活を期す五冠馬を豪快に差し切ったサクラローレル。
そのローレルを差し切ったマヤノトップガン、最後の鬼脚。
スペシャルウィーク、強いダービー馬の帰還。
テイエムオペラオーの覚醒。
キタサンブラック、衝撃の世界レコード。
私個人としては大好きな長距離レースだが、スピード重視の世界的なトレンドから、その地盤沈下が叫ばれて久しい。
ドバイや香港の盛況、大阪杯のGⅠ格上げなど、春の盾を取り巻く環境は年々厳しくなる一方である。
それでも、これだけの名勝負数え唄を重ねてきた春の盾には、やはり絵になるスターに勝ってほしいと願ってしまうのである。
ここまで書けば明らかなように、今回勝つのは1番人気を背負ったフィエールマンとルメール騎手しかあるまい、と早い段階で考えていた。
菊花賞馬であり、前年の天皇賞・春を勝っている現役屈指のステイヤー。
前年の有馬記念以来のレースは、最近のトレンドの「1戦必勝」という最近のローテーションのトレンドであるし、枠順が大外枠になっても、問題ないだろう。
このメンバー、やはりGⅠ・2勝馬は「格」が違うはずだ。
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淀の無人のスタンドにファンファーレが鳴り響く。
この淀のスタンドも秋から改装工事が入るため、GⅠのファンファーレが流れるのは、最後である。
それを考えると、無観客競馬がやはり寂しい。
ゲートが開く。
芦毛のメイショウテンゲンとトーセンカンビーナが一完歩程出遅れたが、それ以外は揃ったスタート。
前走の阪神大賞典で大きく出遅れたキセキは、無事にスタートを切ったようだ。
このあたり、当たりの柔らかい武豊騎手の手綱の恩恵か。
ダンビュライトとスティッフェリオが前をうかがう。
キセキも行き脚よく、その後ろで構える。
徐々に隊列が決まっていく。
フィエールマンは、後ろから4頭目あたり。
父譲りの切れ味で勝負するタイプだけに、位置取りよりも折り合い重視なのだろうか。
4コーナーを回り、1周目のスタンド前へ。
フィエールマンは少し押し上げて、中団のやや後方、外目を走っている。
外目を走っていたキセキが、上がっていったことをアナウンサーが告げる。
画面が切り替わると、ダンビュライトを交わしてハナに立っていた。
行ってしまったのか、行かせたのか。
向こう正面、残り1,000mのあたりでミッキースワローが押し上げていく。
その後ろのメイショウテンゲン、トーセンカンビーナもそれについて行く。
フィエールマンは、まだ動かない。
2度目の坂を登る。
キセキがまだ引っ張っている。
残り600、各馬の手綱が激しく動き、ラストスパートに入る。
直線を向く。
フィエールマンは外に持ち出した。
ユーキャンスマイルは内。
先週落馬負傷した岩田康誠騎手からバトンを受けた浜中騎手は、その岩田騎手を彷彿とさせるイン突きで勝負に出る。
キセキをスティッフェリオが交わす。
北村友一騎手の右ムチ、伸びるスティッフェリオ。
外からミッキースワロー、そのさらに外からフィエールマン。
フィエールマンが伸びる。
しかし、スティッフェリオがさらに伸びる。
11番人気の金星か
最後の50メートル、馬体が並ぶ。
首の上げ下げで、ゴール板を通過した。
外が差し切ったようにも見えたが、判別のつかない微差の決着。
ほどなくして、掲示板の一番上に「14」の数字が灯る。
フィエールマン、第161回天皇賞・春を制す。
これで3歳時の菊花賞、4歳時の天皇賞・春に加えて、5歳でも天皇賞・春を制覇。
美しき、菊・盾・盾という三つのタイトル。
それにしても、長距離のGⅠを3勝するフィエールマンを輩出するディープインパクトの懐の深さには、恐れ入るばかりだ。
あらためて、昨年の夭逝が惜しまれる。
ハナ差の2着に大健闘のスティッフェリオ、3着にロングスパートが奏功したミッキースワロー。
令和最初の春の盾は、フィエールマンが「格」を見せてくれた。
今年秋からのスタンド改修で、しばらく淀での天皇賞・春の開催は休止となるが、その最後の盾に華を添える勝利だった。