風が、少し冷たかった。
朝方見えていた陽の光は、雲の向こうに隠れてしまったようだ。
ひんやりと肌に触れる、その感覚。
その久しぶりの感覚にしばらく身を浸していたが、ふと我に返ってそれが晩秋の訪いを意味するのだと思った。
時候は「寒露」からもうすぐ「霜降」へ。
露から、霜へと変わる。
息子と娘と、自転車で桜並木の坂を下っていく。
頬が風を切る感覚。
それもまた、久しぶりだった。
小さな自転車を必死で漕いで、遠くへ出かけた遠い日の思い出。
あの自転車で、世界のどこまででも行けるような気がした。
接着剤で固めたように重いペダルを、力いっぱい踏んで。
川にかかった大きな橋を渡った。
橋の頂上までやってくると、一気に視界が広がった。
青々と広がる田んぼ、遥か彼方の山々、そして遠く都会に見えるビルの群れ。
頂点から、ブレーキをかけずに下った。
並走するバイクよりも、車よりも、時間よりも。
速かったような気がした。
どこまでも行けるような、そんな気がした。
遠い日の、記憶。
坂もなだらかになったところに、金木犀が咲いていた。
その香りが、鼻腔をくすぐった。
その香りもまた、秋の訪いを実感させる。
見上げれば、カラフルな色の葉が。
信号機のようにも、国旗のようにも見えた。
役割を終えた葉は、色を変えて、やがて舞い落ちる。
小さきものたちが、それを冬の間に肥やしにするのだろう。
秋の深まりを感じるとともに、分厚い雲の向こうの陽光を私は想った。