大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

立冬、冬立てるころに忘却を想うこと。

肌寒い、と言っているうちに、時候は「立冬」を迎えました。

冬、立てる日。

暦の上では、もう冬になっているんですよね。

木枯らしが吹くころですが、今週、東京でも木枯らし1号が吹いたというニュースがありました。

北国では初雪の報せもあったり、冬の準備をしていく時期ですね。

七十二候では、「山茶始開(つばきはじめてひらく)」。

読みは「つばき」ですが、サザンカが咲き始めるころ。

花が少なくなる季節の中で、サザンカの紅い色は、実に美しい彩りを見せてくれます。

 

それにしても、季節は正確ですね。

季節はきちんと時期が来ると、木枯らしを吹かせ、サザンカを咲かせ、そして木の葉を落としてくれます。

それにひきかえ、人は忘れてばかりのようです。

忘れる、というのも不思議なものです。

昨日のことを忘れることもあれば、何年も前のことを覚えていることもある。

大切なことだけ覚えているかといえば、そうでもなくて。

忘れちゃいけない日を忘れることもあったり。

忘れたいようなことを、いつまでも頭を離れなかったり。

パソコンのフォルダのように、保存するものを選んだりすることもできないし、保存したいものをいつまでも保存しておくこともできない。

ただ、忘却は癒しと呼ばれるように、忘れることは癒されているとも言えるのでしょう。

 

ただ、季節は教えてくれる。

いつも変わらず、この時期に冬は訪れて、そして寒さの感覚をまた教えてくれる。

人の記憶は、単なるできごとの記録ではありません。

そのときの肌寒さや、吐く息の温さや、ふと見かけた花の色。

そうした身体感覚と、結びついている部分が大きいように思います。

そして、季節は変わらず、正確にその感覚を呼び起こしてくれるようです。

もちろん、そこで思い出される記憶は、美しいものだけではないかもしれないし、ため息をつくような記憶もあるかもしれません。

思い出して、また忘れていく。

そして、季節がめぐると、また思い出す。

その積み重ねが、私たちの生なのかもしれません。

 

ずいぶんと、肌寒くなってきました。

風邪なども流行ってくるころです。

どうぞ、暖かくしてご自愛くださいませ。