問題がなかなか解決せず、煮詰まってしまったとき。
そんなときに、考えてみたい視点があります。
1.現在の問題が見せてくれるもの
昨日の記事では、現在の問題が見せてくれるもの、というテーマでお伝えしました。
止まった時計の針を動かすのは、まるで関係のなさそうな現在の問題だったりする。 - 大嵜直人のブログ
「判断」のお話からの流れでした。
「判断」とは、起こったできごとや、周りの人の言動、あるいは自分自身に対して「いい」「悪い」というジャッジをすることを指します。
誰しもが、大なり小なりしていることではありますが、この「判断」がきつくなると、生きづらくなることがあります。
たとえば、いい人をやめられなくなるのも、この「判断」が少し強すぎることが原因だったりもします。
そして、私たちが「判断」をするとき、そこには何らかの基準があります。
ある基準線があって、そこから上は「OK」、そこから下は「NG」といったように、ダメ出しをしているわけです。
その基準はどこからくるのかといえば、過去のできごとからくる痛みだったりします。
その痛みとは、過去に起こったできごとで、感じ切ることができなかった感情です。
この抑圧してしまった感情は、そのままどこかへ消えてしまうことはなく、ずっと私たちの心のどこかに留まり続けます。
そして、この抑圧した感情を感じるきっかけになるが、いま現在、目の前で起こっている問題だと見ることができます。
その目の前の問題から感じる感情、それはもしかしたら、ずっと感じることを避け続けてきたものなのかもしれません。
2.その感情を感じるためだとしたら
こうした見方は、私たち自身の問題との向き合い方を変えてくれるものです。
私たちは、生きていく中でさまざまな問題に出会います。
恋愛やパートナーシップのこと。
仕事の上での問題。
親や子ども、家族の問題。
お金や健康の問題。
そうした問題を抱えたとき、どうしても近視眼的というか、視野が狭くなるんですよね。
「どうしたら、この問題が解決するだろう」
「何が悪かったのだろうか」
などといったように。
もちろん、誰でもそうでしょうし、それが悪いことでもありません。
けれども、そうしたアプローチでは、なかなか問題は解決しなかったりします。
特に、自分にとって大きな問題であればあるほど、その傾向が強くなります。
そうしたとき、先ほどお書きしたような見方を採ることができると、問題は少し違って見えてきます。
「この問題を通じて、私はどんな感情を感じたいのだろう」
「この問題が見せてくれる私の感情は、どんな感情だろう」
もちろん、問題が起こった当初は、そんなことを考える余裕はないかもしれません。
けれども、その問題がなかなか解決しなかったり、長引いて煮詰まってきたとき、そうした見方をしてみることは、非常に有益なアプローチです。
3.自分が問題を起こしている?
この見方が素晴らしいのは、
「その感情を感じるために、自分が問題を起こしているのだとしたら」
というアプローチができることです。
問題の渦中にいるときって、どうしても他責思考になりがちです。
「あの人が、こうしてくれさえすれば、解決するのに!」といった具合ですね。
特に、パートナーシップの問題では、多いでしょうか。
でも、その状態だと、問題を解決するのも、問題があり続けるのも、自分以外の相手次第になってしまいます。
解決したと思っても、また相手が同じことをしたら、問題が復活するわけですから。
それを、自責思考に変えることができるのが、今日のテーマの見方です。
自責といっても、自分が問題の原因で、自分が悪いんだと、自分を責めるわけではありません。
もし、自分がこの問題をつくっているのだとしたら、ととらえることです。
「すべての問題は、自作自演」という言葉があるように、問題をつくるのも、それを問題でなくするのも、自分自身です。
「この感情を感じるために、問題をわたしが起こしたのだとしたら」
そう考えてみることは、実に多くのことを教えてくれるようです。

今日は、問題が解決せず、煮詰まってきたときに有効なアプローチ、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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