相手に与えようとするとき、相手が何を受けとれるのかは、よくよく振り返ってみた方がいいようです。
自分が罪悪感にまみれていると、相手に愛ではなくて、罪悪感を与えてしまうのです。
1.自分を喜ばせる、という与え方
先日は、自分を喜ばせるという与え方、というテーマでお伝えしました。
誰しも、自分の大切な人には与えたいと思うものです。
相手の笑顔が見たい、相手の喜んでいる姿が見たいと思うのは、人として自然なことだと思いますし、純粋な愛の発露なのでしょう。
ただ、パートナーなど関係性が近くなるほどに、過剰に与えようとしてしまうことには要注意です。
相手に与えようとするあまり、自分をないがしろにしてしまう危険性があるからです。
グウグウとお腹が鳴っているのに、「これ、美味しいから食べてよ」と言われても、言われた相手からすると、「お、おぅ…」となってしまいますよね。
傷だらけで頭から流血しながら、「体調大丈夫?」と気遣われても、「いやいや、あなたの方が…」となりますよね。
自分が十分に満たされてこそ、相手に与えることができます。
そして、自分に「与える」ことが、相手にも与えることになる、というのが昨日のテーマでした。
自分に与え、自分を満たし、自分を愛する。
そうすることで、自分が幸せで、笑顔でいること。
それは、身近な人に与えられる、最高のギフトだからです。
だから、相手に与えようとするならば、それと同じくらい、いえ、それ以上に自分自身に与えないといけないのです。
2.与えているのは愛か、罪悪感か
自分が良かれと思っても、受けとるのは相手です。
自分が与えているのは、愛か、それとも、罪悪感か?という問いかけは、常々持っておきたいものです。
先ほどの例で言えば、自分が空腹なのに、料理を振る舞っても、相手は美味しく食べれないですよね。
料理人はまず血色がよくないといけない、と言われたりもしますが、まさにそうですよね。
カウンター越しで料理している人が青白い顔でいたら、「うわ、大丈夫かな…」と、心配になってしまいますもんね。
自分が相手に何を与えているのか。
もし自分が相手だったら、どんな風に受け取るのか。
相手に与えたいと思うときは、それを考えてみるのもいいのでしょう。
3.罪悪感を癒していくこと
喜びの中で与えているとき、相手はそれを簡単に受け取ることができます。
けれども、自分のキャパを超えて与えようとしてしまうとき、相手は罪悪感を抱きます。
「あぁ、なんか、そこまでしてもらうのは申し訳ないな…」
そんな風に感じてしまうんですよね。
では、なぜ自分のキャパを超えてまで、与えようとしてしまうのでしょうか。
そこまでしても「与えたい!」と思う、与えたがりで、愛の深い人と見ることもできます。
それもまた、真実なのでしょう。
そして、もう一つの見方は、自分のなかの罪悪感がそうさせている、というものです。
何らかの罪悪感があって、それによって相手に過剰に与えないといけないと思ってしまう。
罪悪感は伝染すると言われますが、まさにそうですよね。
真に相手に与えようとするならば、自分の罪悪感を癒していくことは、とても大切なことといえます。
自分は、何に申し訳ないと思っているのか。
そこと向き合っていくことは、相手に与えるためには、とても大きな恩恵になるのでしょう。

今日は、与えているのは愛か、それとも罪悪感か、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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