今日は、なんのこともないエッセイです。
ここのところ、「自分を大切にする」というプロセスの中で、「身体も大切にね」というお話が出ておりました。
自分を大切にするのですから、自分自身の身体もまた、大切にしたいものです。
ただ、心も身体も難しいのが、甘やかし過ぎてもよくない、というところです。
身体も、運動などで刺激を与えることをせずに、ずっとゴロゴロを続けていると、どんどんなまっていき、不健康になってしまいます。
負荷を与えることもまた、大切にすることの一部なんですよね。
心もまた、同じようです。
苦難や困難は、できればご遠慮願いたいものですが、それが私たちの心を成長させてくれる糧になることがあるのもまた、事実です。
もちろん、あえて自分をいじめたり、否定したり、ダメ出ししたりすることは必要ありません。
けれども、自分に対して負荷を与えることは、大事なことですよね。
問題は、その負荷がどこからきているか?というところでしょうか。
自分に成長を促す、愛情からきているのか。
それとも、犠牲や癒着といった問題から、仕方なくやらないといけないのか。
それによって、大きく変わります。
ただ、その違いって、なかなか自分ではわかりづらいものです。
自分のために、と思っていても、その奥底に冷たい自己否定があったりするものです。
このあたりの見分け方って、なかなか難しいものです。
ただ、一つ確実なのは、身体の声でしょうか。
身体がなんらかの異常を訴えているとき、それはどこか無理をしていたり、バランスを欠いたりしていることが多いものです。
どこかが痛かったり、調子が悪かったり、自分の身体が何かを訴えているときは、素直にその声に耳を傾けたいものです。
最近、どこか無理しているところはなかっただろうか。
自分に対して、どう接していただろうか。
そうした内省をするために、身体の声を聞くというのは、非常に有効なことです。
さて、今日のあなたさまの身体は、どんなことを教えてくれているでしょうか。
ぜひ、少しだけでも時間を取って、その声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。