大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー見習い。

四季五感

されど、清明。

週末の雨と風は、花散らしの雨だった。 淡いピンクよりも、新芽の緑色の方が多くなった桜の木を見て、そう思う。 それでも、こうした低気圧が通り過ぎると、空気の肌触りが変わるようだ。 どこかぼんやりと、輪郭の不明瞭だった空の色は、美しく澄んだ色をし…

サイドミラーに映る桜を眺めながら。

いつの間に、こんなに暖かくなったのだろう。 少し夏を想起させる車内の熱気に、春の訪れどころか、初夏の気配すら感じる。 季節は留まらない。留まっては、くれない。 ひらひらと、足元を黄色い蝶が舞った。 これだけ暖かくなると、いろんな生きものがその…

願わくは、花の下にて。

いつの間にか、春も本番のようで。 外に出ると、さまざまな色の桜が咲いているのを見かける。 時に、春分が次侯、桜始開さくらはじめてひらく。 例年より早い開花と聞くと、散るのもまた早くなるのが惜しく感じる。 そう感じる花は、桜以外には少ないように…

空、春色。

春分過ぎて。 今年は桜が早いようで、もう春本番の感がある。 桜もそうなのだが、空の色の移り変わりが、季節の入れ替わりを感じさせる。 凛として、どこまでも澄んでいた空の色。 冬の間の、そんな空の色は、もうどこにもなく。 見上げれば、輪郭のぼやけた…

桜花の下で。

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 「古今和歌集」第82段 在原業平 桜の開花が気になるのは、千年の昔も、現代に生きるわたしたちも同じようで。 咲いたかどうか気をもみ、桜の木の下を通るたびに蕾を見上げ。咲いたら咲いたで、散り際を…

はんぶんこ。

春分の日。 彼岸の中日。 あるいは、雀がはじめて巣くうころ。 陰中の陽。 陰中の陰を経て、少しずつ長くなってきた日の長さは、いつしかその長さを半分にまで伸ばす。 昼と夜の長さが等しくなり、春は大きく伸びをして暖かさを増していく。 影が深ければ、…

蝶よ、花よ。いつしか、その姿を変えて。

時に、啓蟄。 あるいは、菜虫化蝶、なむしちょうとなる。 菜虫とはその字のごとく、アブラナや大根などの葉につく青虫を指し、モンシロチョウなどの幼虫。 長い冬を越したサナギが羽化し、美しい蝶へと姿かたちを変える。 いきものは、不思議だ。 時に、まる…

花は誇らず、ただ咲く。

音に波があり、海に波があり。 風に揺らぎがあり、生きることにも山谷があるように。 空模様もまた、日々変わりゆく。 昨日は、久しぶりに土砂降りという表現がぴったりとくる雨風だった。 朝から気圧は低く、身体もずしりと重い感じがした。 だからだろうか…

桃始笑。

時に啓蟄、あるいは桃始笑・ももはじめてわらう。 桃の花が咲くころ。 花が咲くことを笑うと表現する、ことばの美しさ。 梅が咲き、桃が笑い、桜も蕾が膨らみ。 いつしか、空の色も変わり。 春は、過ぎてゆく。 桃の花は咲き、誇り、いつしか枯れて、その花…

啓蟄、咲き誇るまで。

時に啓蟄。 蟄虫啓戸、すごもりむしとをひらく。 字のごとく、冬ごもりをしていた虫たちが、大地の暖かさに誘われて、地上に出てくるころ。 春らしく晴れたり降ったりと、不安定な空模様が続くが、それでも日に日に冬の冷たい茎は緩んできたような感がある。…

春霞、たなびきはじめて。

急に、暖かくなった。 20度近い気温にもなると、初夏を思わせる。 これだけ急に外気温が上がると、身体もどこか気怠くなるようで、ぼんやりとしてしまう。 時に、霞始靆/かすみはじめてたなびく。 その字のごとく、春霞がはじめてたなびき始めるころ。 ぴり…

梅の香、東風とともに。

寒の戻りはありつつも、空気の流れはどこか緩さを含み。 時に、土脉潤起・つちのしょううるおいおこる。 真冬の間に凍てついていた土も、雪解け水により湿り気を帯びてくるころ。 山から流れ出る雪解け水は、栄養分をたっぷりと含んだ生命の水でもあると聞く…

気雪散じて、水と為る。

時に雨水。 冷たい雪が暖かい春の雨に変わり、大地にうるおいを与えるころ。 固く凍った土もやわらかくなり、眠っているものたちも、啓蟄に向けて次第に目を覚ます。 春、近しのとき。 そんな時候だが、朝起きて窓の外を見ると、雪が舞っていた。 真冬が戻っ…

黄色、早春の色。

変化を見つめるというのは、ある種の愉悦である。 何かを育てることもそうだし、 目に見えない関係性の変化もそうだし、 あるいは、季節の移ろいを見つめることもそうだろう。 何気なく、外を歩いたとき。 目に入ってくる色、というものがある。 それは、自…

うすべに色の、春。

時に立春。 あるいは黄鶯睍睆、うぐいすなく。 初音とよばれる、春の声を聞けるころ。 暖かい日が続いたかと思えば、大寒のころを思わせる冷たい風が吹き。 それでも、三寒四温のことばの通り、春はゆっくりとしながらも、歩みを止めない。 うぐいすの声。 …

春は、苦みと濁りと。

立春過ぎて。 日に日に、春の気配が感じられるようになってきた。 風はどこか温さを含み、朝は少しずつ早くなり。 陽は力強さを増し、夜の帳が降りるのが遅くなってきた。 不可逆な季節の流れは、いろんなことを教えてくれる。 師走のころ、まだ薄暗かった風…

立春。はるかぜ、こおりをとく。

今日は、春立てる日。 立春である。 つい先週末は雪が降っていたように思うが、それでも立春と聞くと、どこか風の中にも春の薫りを感じるような気もする。 思い込みというか、プラシーボ効果というか、そういうものもあるのかもしれない。 すべてはひとつな…

福はうち、鬼も、うち。

今日は節分、冬と春の境目。 家の外から家の内へ。 敷居を跨ぐときの、その敷居。 そんな存在が、節分なのかもしれない。 今年は124年ぶりに、2月2日が節分にあたるとのこと。 なんとなく、2月3日節分・2月4日立春というイメージが強いが、暦というものは面…

雪に耐えて。

前日に、久しぶりに雪が舞った。 夕方から降り始めたそれは、少し止んだりもしていたが、夜には牡丹雪になった。 昨年末に一度降ったが、それ以来だと思った。 最近は暖冬が続いたせいか、あまり雪を見ない冬が続いていたが、この冬はそうでもないようだ。 …

西のお山と、冬の朝の氷と。

「お山に雲がかかってるから、明日は雨かもね」 遠く西の彼方に見える山脈を見ながら、よく祖母はそんなことを言っていた。 天気は西から変わっていくということを、当時の私は認識がなかったように思う。 ただその山、伊吹山が天気を司る何か大きな力を持っ…

寒さは、どこか美しさと繋がっている。

時に大寒。 七十二侯は、「水沢腹堅、さわみずこおりつめる」。 あまりの寒さに沢の水が凍りつき、厚く氷が張っている時候。 寒さも極まれり。 朝、バリバリに凍っている車のフロントガラスに、難儀する頃だ。 昨年は暖冬のせいか、凍らなかったように思うが…

いいお湿りですね。

雨の週末だった。 そういえば、ここのところずっと晴天が続いてたので、久しぶりの雨だった。 シーツ類を洗えないのは残念だが、雨の音に耳を傾けるのも悪くない。 冬の雨は冷たいイメージが強いが、今日の雨は暖かかった。 印象記憶という言葉があるように…

大寒なれど、走らずにいられない。

時に、大寒。 一年で最も寒さが厳しくなる時分であり、 凍てついた地面には、蕗(ふき)の花が顔を出すころでもある。 冬の中の冬とも見ることができるし、 もうすぐ節分、立春を迎えると見ることもできる。 そんな時候らしく、朝から氷点下の気温になった。…

流れていく風景を、眺めるように。

時に小寒。 もうすぐ大寒を迎える、一年で最も寒いころ。 そんな中でも、春に向けて季節はめぐるようで。 七十二侯は、「雉始雊、きじはじめてなく」。 オスの雉が求愛のために、鳴き始めるころ。 時の流れ、季節のめぐり。 決して止まらず流れてゆくそれは…

陽の光ばかり、撮っている。

スマートフォンの写真フォルダは、その人の頭の中を反映しているといわれる。 料理が好きな人は、美味しそうな写真で、 子どもが好きな人は、子どもの写真で、 推しのアイドルがいる人は、その写真で、 ガーデニングが趣味の人は、丹精込めた庭の写真で、 年…

大いなるマンネリ。

「大いなるマンネリ」という言葉がある。 マンネリと聞くと蔑むニュアンスがあるが、「大いなる」という形容詞がつくことで、それは称賛に変わる。 時は、重ねるごとに味わい深くなる。 = 「大いなるマンネリ」の最たるものの一つが、競馬であろう。 年が明…

小寒、春を待つ。

時候は小寒、寒の入り。 ここから大寒、そして立春に至るまでが、一年で最も寒さの厳しい時期である。 ここ数年来、暖冬が続いていたが、今年は厳しい寒さの冬になるそうだ。 年末に続いて、また今週末には寒波が訪れるとも聞く。 暖かい春が待ち遠しくなる…

雪下出麦、寒さ厳しければこそ。

ここ数年、暖冬が続いていたが、この冬は少し様相が違うようだ。 年末寒波がやってきて、久々に「痛い」寒さを味わっている。 しばらく使っていなかった手袋も、衣装ケースから引っ張り出してきた。 来週末には、再び寒波がやってくるようで、予想最低気温は…

おはよう、2021年。

新年あけましておめでとうございます。 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。 何かと騒がしかった2020年も過ぎ去り、新しい年がやってきました。 元旦というのは不思議なもので、何をするにしても気持ちを新たに、丁寧にしようと感じるものです。 前職…

暮れゆく2020年。

クリスマスが終わってから、あわただしく年末に向かう空気感が、好きだ。 みな一様に、なにかに急き立てられるように、いそいそとしだす。 考えてみれば、12月31日と1月1日という年の切れ目は、単に誰かがそうしたというだけで、何かが変わるわけでもない。 …