大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

四季五感

「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」、見えないものに心を寄せること。

七十二候では、「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」。曇り空が多くなり、日差しも弱まってくる時期なので、虹を見かけることが少なくなるとされる時期です。

立冬、冬立てるころに忘却を想うこと。

肌寒い、と言っているうちに、時候は「立冬」を迎えました。冬、立てる日。暦の上では、もう冬になっているんですよね。

楓蔦黄(もみじつたきばむ)、記憶のなかの風景について。

早いもので、もう11月、霜月に入りました。時候も、「霜降」の末になりました。寒いところでは霜が降りるとされる時候ですが、平地に住んでいる私のところも、ずいぶんと気温が下がってきました。

霜降、秋の夜長に内省といたわりの時間を。

時候は「霜降」に入りました。その字の通り、朝晩の冷え込みによって霜が降りるとされるころです。私の住んでいる名古屋では、まだ霜は見られませんが、山間部や北国では、霜が見られるようになる季節ですね。

「寒い」という感覚を思い出す、秋の空。

ここ数日、急に気温が下がりました。週の半ばなどは、ぐずついた天気と相まって、最高気温が20度まで上がらず、日中でも肌寒い日になりました。

寒露の終わり、聞くことで秋の深まりを感じながら。

ようやくというか、日中も秋らしい気持ちのいい気温になってきました。朝晩はもう半袖では肌寒いので、長袖でお散歩するようになりました。時候は「寒露」の終わりあたりです。

寒露、朝の露に秋の深まりを感じるころ。

秋分を過ぎて、時候は「寒露(かんろ)」に入りました。夜が長くなり、露が冷たく感じられるころ。朝晩の冷え込みますが、澄んだ秋晴れの日が多くなり、実に過ごしやすいころとされます。

水始涸(みずはじめてかるる)、名月を待ちながら。

「いつの間にか」という感じで、朝はすっかりと涼しく過ごしやすくなりました。 秋分の日のあたりは、まだまだ暑いな、という感じでしたが、明確に変わってきた気がします。 日中は、まだ日差しが強かったりして暑い日もありますが、それでも朝晩はもうずい…

蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)、気持ちのいい時季はあっという間に。

秋分を過ぎて、はっきりと「涼しい」と感じる日が増えてきました。朝、玄関を出ると「あぁ、心地いい秋の風だなぁ」と感じる日が、今週は何日もありました。

秋分の日も、まだまだ暑く。

暑さ寒さも彼岸まで、とは言いますが、今年はなかなかそうはならないようです。時候は「秋分」を迎えましたが、まだまだ暑さは厳しく、先週などは35度を超える猛暑日もありました。

されど、夕暮れの色は変わりゆく。

曇り空が多かったせいでしょうか。今週はそこまで暑さを感じることが少なかったように思います。時候はちょうど「白露」のなかごろ、七十二侯では「鶺鴒鳴(せきれいなく)」のころです。

白露のころ、目にはさやかに見えねども。

時候は「白露」に入りました。夜の間に大気が冷え、草花や木々に朝露が見え始めるころとされます。この夜中に降りた露が白濁して見えるのが、「白露」の由来とされます。

天地始粛(てんちはじめてさむし)、変化を前にしたときは。

七十二侯では「天地始粛(てんちはじめてさむし)」。日中は暑いながらも、秋雨前線の名が聞こえるようになり、ようやく暑さがおさまってくるころとされます。けれど、まだまだ暑いですよね笑

処暑、あるいは残暑と呼ぶには、あまりにも暑すぎて。

処暑、残暑と呼ぶには、あまりにも暑い日が続くようです。「寒の戻り」ではないですが、またピークの暑さに戻ったかのように、厳しい暑さの日が続いているのが、私の住んでいる名古屋です。

寒蝉鳴、風情としての夏の終わり。

「暑さ」としての夏はしばらくは続くとして。概念的な、というか、「風情」としての夏は、もう終わりなんですよね。日もずいぶんと短くなりましたし、夕方、外を歩いていると、それを強く感じます。

涼風至(すずかぜいたる)、ほんの少しの変化を愛でる、ということ。

時候は「立秋」を迎えました。これ以降の暑さは、猛暑でも酷暑でもなく、「残暑」になります。

大雨時行、ほどなく立秋のころ。

盛者必衰といいましょうか。永遠に続くものなど何もないし、形あるものはいつか壊れる。葉月は、それを強く感じる時期なのかもしれません。

土潤溽暑、雨と湿気について。

「大暑」、一年で最も暑いとされる時候に入りました。 最近は、どうも暑い期間が長くなりすぎて、相当の期間、「暑い、暑い」と言っている気がします。 ただ、一番暑いのはやはりこの「大暑」の時期なのでしょう。 土用丑の日、そして夏祭りなどの時期でもあ…

この暑すぎる夏に、風情はあるのだろうか。

時候は「小暑」の終わりごろ。もうすぐ、一年のなかで最も暑いとされる「大暑」に入るころです。

蓮の花咲くころに。

七十二侯では、「蓮始開(はすはじめてひらく)」。その字の通り、蓮の花が開くころです。

小暑、そして七夕の日に祈りを。

時候は「小暑」になりました。梅雨が明け、暑さが本格的になるころ。今年は各地の梅雨明けが早いようで、近畿地方より西は6月に梅雨明け宣言が出てたりしていました。

夏の訪れの前に感じる、雨のやさしさ。

時候は「夏至」の半ば。七十二侯では「菖蒲華(あやめはなさく)」のころ。その字の通り、アヤメの花が咲くころとされます。

乃東枯。盛りに向かうときこそ、枯れゆくものに目を向けてみる。

七十二侯では、「乃東枯(なつかれくさかるる)」になりました。冬至のころに芽を出す珍しい草である「ウツボグサ」が、枯れていく頃とされます。

夏に至る日、満ち欠けについて想う日。

今日は「夏至」ですね。なつにいたる、と書いて夏至。一年の中で最も日の出ている時間が長く、夜が短くなるころ。

梅雨の合間の青空は、ことさらに青く。

梅雨入りしたこの頃ですが、週の半ばでは晴れ間も見えました。湿気は少なく、からっと晴れた空が広がっていました。雨の日が続くと、この空の青さが恋しくなります。

芒種、どこかやさしさを残す空の色に。

6月、水無月に入りました。時候は、「芒種(ぼうしゅ)」の初めころ。「芒(のぎ)」とは、稲などの穂先にある針のような突起を指すそうで、穀物の種まきや麦の刈り入れの時期とされます。

「麦秋至(むぎのときいたる)」、今日このときを味わい尽くす。

時候は、「小満」。七十二候では、「紅花栄(べにばなさかう)」から「麦秋至(むぎのときいたる)」。紅花の花が咲き、麦が黄金の穂を実らせる時期です。

「小満」、満ち足りていないものこそ、満ち足りているのかもしれない。

さて、この「小満」ですが、二十四節気の名の中では不思議なところがあります。それは、「小」に対応する「大」の節気の名前が、ないんですよね。

5月の雨、湿気によろこびを。

5月も半ばになりましたね。少しずつ、風に湿気を感じるようになってきた気がします。沖縄地方では梅雨入りの報もあり、もう少しすると雨ばかりの季節になるようです。

紫の花に落ちる雨露に、初夏の香りを感じながら。

夜半に降った雨の粒が、その花びらと葉を濡らしていました。やさしいアヤメの香りが、初夏そのものの香りのようでした。